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【9729】 |
メルカトル (2017年03月16日 22時20分) |
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『家日和』 奥田英朗 さすがに奥田氏は期待を裏切らない。いずれもごく平凡な人物の、誰にでも起こり得る少しだけ日常から逸脱したエピソードを綴った短編集。 ネット・オークションの出品に燃える主婦、会社が倒産し初めての主夫を経験することになる中年男性などを、何とも軽妙なタッチで描いている。どの短編も主人公は勿論、その伴侶や子供までが生き生きしており、いかにもありそうな家族の生身の姿を描写することに成功している。慣れてしまえばどうということもない日常を、これだけ面白おかしく書けるのは、氏をおいて他に考えられない。 心が疲れた時や、ふと会社や家庭に嫌気がさした時などには持って来いの一冊。『我が家の問題』と双璧を成す、夫婦や家族の絆をさりげないタッチで描いた佳作だと思う。 |
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【9728】 |
メルカトル (2017年03月16日 22時18分) |
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『リカ』 五十嵐貴久 第2回ホラーサスペンス大賞受賞のデビュー作。 妻子ある主人公のたかおは後輩の手引きにより、出会い系サイトに次第にハマっていく。そこでターゲットに選んだのがリカだった。彼はリカに少しずつサイトを通じて接近していき、次第に自分に依存するように仕向けていくことに成功したかに見えたが、そこからが真の恐怖の始まりだった。内心、こんな女いないだろうと思いながらも、嫉妬に狂った女の恐ろしさは私も身に染みているので、一口にに絵空事では済まされない面もある。 概略は非常にありふれた、どこにでもあるようなストーリーだが、細かいディテールに拘っていることや、こなれた文章、恐怖を徐々に盛り上げていく手腕などが際立っており、なかなかの仕上がりになっている。 ただ、いくつかの謎がそのまま残されており、特に娘の亜矢に関するいくつかの疑問が有耶無耶なのは、もしかしたらいつか続編が書かれることを意識しているのかもしれない。が、やはり一つの小説として、完結すべきところはちゃんとケリをつけるべきだろう。 尚、エピローグは加筆されたらしいが、これは怖い。実に凄みのある印象深い結末となっている。 |
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【9727】 |
メルカトル (2017年03月16日 22時16分) |
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『とむらい機関車』 大阪圭吉 噂にたがわぬ名作揃いの短編集。 好みから言うと表題作と『石塀幽霊』である。『とむらい機関車』はホワイダニットとして大変優れた作品だと思うし、ミステリとしてのみでなく文芸としても十分評価に値する。また、真相は人間の哀れを誘う悲哀に満ちたもので、独自の作風にマッチした名作だろう。『石塀幽霊』は不可思議な自然現象を扱ったもので、正直真偽のほどは怪しい気もするが、その奇想には一目置かれてしかるべきではないかと思う。 評判の高い『抗鬼』だが、個人的にはあまり面白いとは思わなかった。名作と呼ばれているらしいが、なんとなく全体的に煩雑な印象を受け、ストーリーがややこしい気がするのが原因。文体もやや合わなかった。 余談だが、巻末の随筆の中の『お玉杓子の話』は一読に値する。約60年前に書かれているにもかかわらず、内容が先鋭的で現代でも十分通用するものとなっているのには驚きを隠せない。 |
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【9726】 |
メルカトル (2017年03月16日 22時14分) |
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『午前零時のサンドリヨン』 相沢紗呼 リズミカルな文章が心地よい、片想い+マジック+日常の謎的な内容の学園ミステリの連作短編集。とは言っても、ほとんど長編と言っても良いような構成である。 主人公の須川君はどことなく不器用な雰囲気だが、意外と積極的に片思いの相手である酉乃初にアタックしていて、その辺りがこの手の青春物とは一線を画しているところだろう。だがやはり若さゆえか、相手の気持ちを汲み取ろうと努力はしているものの、細かい心理状態にまでは気付かないのはよくあるパターン。それにしてもこの酉乃初という少女は個性的過ぎて、普通の男子には荷が重いんじゃないのかね。 まあそれはそれとして、真冬の誰もいない水を抜いたプールサイドに腰かけて、足をブラブラさせながらお弁当を広げている少女の孤独感と、その光景の寂寥感といったら、そりゃもう中年のおっさんの心をも捉えて離さない魅力いっぱいである。このシーンはもしかしたら一生忘れないかもしれない。 ミステリとしても良く出来ていると思う。細かいところまで神経が行き届いている感じで、派手さはないが堅実なロジックを繰り広げている。ただ、若干こじつけっぽいのと、想像が多分に混じっている気がしないでもない。 |
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【9725】 |
メルカトル (2017年03月16日 22時12分) |
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『きみとぼくの壊れた世界』 西尾維新 シスコンの兄とブラコンの妹と、その兄妹を取り巻く学友たちの青春ストーリー。ミステリの要素もあるが、とても本格とは呼べない、言ってみればエンターテインメント作品であろう。 それにしても相思相愛の兄妹は、読んでいて正直気持ち悪い。いわゆる妹萌えなのだろうが、あまりにもいちゃつき過ぎで、これは誰もが引き気味になるのではと思う。私には一人妹がいるが、勿論女として意識したことなど一度たりとてないし、大体「お兄ちゃん」などと呼ばれた記憶もない。まあ出来の悪い兄貴なのでさもありなんと言ったところだ。すまぬ妹よ、やくざな兄を許せ・・・ これだけ貶してなぜこの点数なのか、それは各キャラが立っているのと、かいとう編のクイーンばりの推理の構築が余りに見事だったからという理由である。もんだい編では、死体の状況すら分からず、これだけの材料でどうやって犯人にたどり着くのか不思議だったが、それを難なくクリアしている手腕が素晴らしい。作者自身が予防線を張っているように、容疑者を限定してしまっているが故に新たな問題が生じているのは間違いないが、可能性の拡張はどのミステリにも共通するものとして排除されている。よって、本作の欠陥とはなり得ないと判断してもよいだろう。 尚、各章に挿入されているイラストにもいくらか点数を差し上げたいくらい、作風とマッチしている。 しかし、様刻、夜月、箱彦、黒猫、六人と妙な名前を付けるのは、作者の趣味なのか。普通の名前でいいじゃんと思うけど。 |
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【9724】 |
メルカトル (2017年03月16日 22時10分) |
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『掟上今日子の備忘録』 西尾維新 遂に西尾維新が本格ミステリの世界に帰ってきた。この時をどれだけ待っていたことか。続編も刊行予定のようだし、私としては出来ればこのまま本格の道を邁進していただきたいと願う次第である。 さて本作だが、余計な情報をできる限り排除して、さらには登場人物も最低限に抑えることにより、読者をストーリーの中へ無理なく入り込めるように細やかな配慮がなされている。なので、非常にスッキリとスマートな仕上がり具合となっていると思う。この辺りはこれまでの西尾氏と一線を画するところだろうし、新境地と言えなくもない。 探偵の今日子さんは、前向性健忘の一種で、一度寝てしまうと前日の記憶がなくなってしまう。だから彼女は病気に罹って以降の記憶が全くないのである。よって探偵という職業を選ばざるを得なかったし、事件をその日のうちに解決してしまう「最速の探偵」なのである。 おそらく治る見込みのない病気を抱えて、さぞ辛い思いをしているだろうと推測されるが、悲壮感は全く感じさせない。作者はそうした湿った作品を望んではいなかったのだろう。しかし・・・ 「私は掟上今日子。25歳。置手紙探偵事務所所長。白髪。眼鏡。記憶が一日ごとにリセットされる」これにはじんわりと涙腺が緩んでしまった私であった。 とにかく、西尾氏のファンは勿論だが、いつものクセのある文体に敬遠気味の読者のみなさんにも、この作品は一読の価値があると言いたい。 |
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【9723】 |
メルカトル (2017年03月16日 22時08分) |
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『二重螺旋の誘拐』 喜多喜久 帯の「二度読み必至」の文字に惹かれて購入してみた、どうせハッタリだろうと舐めていたが、本当に読み返すことになろうとは思ってもいなかった。勿論、最初から最後まで通して二度読みしたわけではない。私とてそれ程暇ではない。だが、要所をかいつまんで読んでみると、上手く仕掛けが隠蔽されていると同時に、かなりあからさまな伏線が張られていることに驚かされる。慎重に注意深く読み進めれば、作者の企みに気づくことも十分可能であると思う。が、やはり綺麗に騙される快感を味わうべき作品なのかなとも考える。 本作は二つのストーリーが並行して進行し、その両サイドがともに誘拐が絡んでくるという特殊な構成になっており、実はそこに作者の企みが潜んでいるわけである。無論、両者は有機的に繋がりを持っており、入り乱れる人間関係や事件をドキュメンタリータッチで追うサスペンスフルな構造は見事と言ってもよいだろう。 ただ気になるのは、誘拐をテーマにしているわりには全体的に小ぢんまりとまとまり過ぎて、スケール感が物足りない点である。だが、小品ながら気合の入った力作なのは認めざるを得ないと思う。 |
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【9722】 |
メルカトル (2017年03月16日 22時06分) |
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『私を知らないで』 白河三兎 これはミステリというより青春小説そのものじゃないかな。 主要登場人物は中学生男子の転校生二人と、クラス中に無視されている美少女「キヨコ」。それにクラスのボス的存在のミータン(女子)とそのグループのNo.3であるアヤ。この五人がそれぞれの役割を担って、ストーリーを押し進める。冒頭でミステリ的要素はないと書いたが、本作の最重要テーマにキヨコの人物像を掘り下げるというものがあり、これが謎解きの代替の役目をしているとは言えるだろう。 それにしても、彼らは中学生でありながら全然らしくなく、それぞれが違った意味で超越した存在であるため、リアル感は全くない。だからと言って絵空事なのかと問われると、答えに詰まる。これはそうした、一風変わった中学生の実態を思いっきり膨らませて、デフォルメした青春物語なのだろう。だが、それぞれの個性的な言動や一生懸命さは十分に伝わってきて、それが痛々しかったり、感動を呼んだりとある種独特の雰囲気を醸し出している。それがこの作者の特徴なのかもしれないし、時にたどたどしい文章が逆に印象深く心に突き刺さったりもするのである。 個人的には、文化祭のシーンが一番好きだし、最も盛り上がるのはやはりそこだと思う。それとキヨコの作るおにぎりは実に美味しそうで、多分極上の味がするんだろうなと思う。 |
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【9721】 |
メルカトル (2017年03月16日 22時04分) |
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『天久鷹央の推理カルテ』 知念実希人 天医会総合病院の副院長にして、統括診断部部長、天久鷹央が天才的な頭脳を駆使して病院内の事件を解決する、メディカル・ミステリの連作短編集。鷹央は女性である、念のため。 タイトルに「推理カルテ」とあるように、医学、医療と院内で起こる様々な事件が有機的に繋がりを持っており、単に現場が病院であるというだけではないところが異色である。作者は現役の医者であり、持てる医学的知識を駆使して見事に事件を解決に導いている。それと同時に、まるでベテランの推理作家と見紛うばかりの文章力を見せつけており、読者を引き付けて離さない魅力を遺憾なく発揮しているのはさすが島田荘司氏に見いだされた実力者と言わざるを得ない。 探偵役の鷹央は細かいディテールまで描き込まれており、実に個性的な人物像を確立していると言える。例えば ・いつも薄緑色の手術着の上にぶかぶかの白衣を羽織っている ・小柄で幼く見えるため、実年齢は27歳だが高校生と間違えられる ・猫のような丸い目をしており、たまにその目を細めるくせがある ・事務長の姉がおり、彼女を恐れている ・運動神経が弱いため、何もない廊下でよく転ぶ ・目上、初対面、患者に対しても敬語は一切使わない(お前呼ばわりする) 等々、枚挙にいとまがない。 そして、この作品の読後感の爽やかさはどうだろう。とにかく後味が素晴らしく良い。一度読んでみていただきたいものである。 当然、シリーズ化されるものと期待しているが、こうした隠れた良作は、もっと多くの人に読まれるべきだと声を大にして言いたい。 |
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【9720】 |
メルカトル (2017年03月15日 22時05分) |
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『幻視時代』 西澤保彦 なんだか読みやすくて軽い。まるでらしくない作風だと感じる。西澤保彦というより、プロットやストーリーは折原一テイスト。 で、肝心の、死んだはずの少女が映っていた写真のトリックがおろそかになっていて、ぞんざいな扱いを受けているのはどうも気に入らない。まあそれでも、ミステリとしての側面よりも青春小説として充実しているので、まずまず評価できるとは思う。商品としての小説を執筆するという苦行が、どこまでも若者たちを追い込むという実態は、我々素人では理解不能であるが、西澤氏は作家として身に詰まされる面もあったことだろう。だからこそ書けた作品と言うことで、どこか悲劇の匂いがそこはかとなく漂っているようだ。 なかなかよく考えられた小説だと思うが、かなり地味で読んでいて気分が高揚するような代物ではないのは確かである。ただし、お得意の推理合戦は本作でも健在だ。 |
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