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【7663】 | RE:天啓の殺意 メルカトル (2013年09月11日 23時30分) |
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ドウコクさん、こんばんは。 >他に、ほうれん草が一束258円でビックリしました。 おおっ、それは高い、高すぎる。今の時期ほうれん草は高いのは分かっていますので、あまり値段を見ていないため、この辺りではどれくらいするのか分かりませんが、おそらく最低でも198円はするんでしょうね。 旬の時期なら100円を割ることも珍しくないですから、そんな時にしか買う気になれないですね。 今はどの野菜も高いですから、困ったものです。 この前たまたまレタスが100円で売ってましたけど、それは安いのではないかと。 >○ちゃんのラーメン自体が置いてありません。 ないですよね。私が確認できたのは昔ながらの塩ラーメンだったので、多分みゆりんさんがおっしゃっているのとは違うと思います。 ところで、ラ王の袋麺食べましたか? 暑いからまだでしょうね。 >まあ、今は角川自体がコーナーとして小さいですから。 それもそうですが、筒井氏が今では人気作家とは言えませんので、在庫を置かないのもやむを得ないですね。 失礼ですが、大した需要があるとも思えませんし。 >失礼、私の書き方が悪かったかも知れませんが、折原氏のテイストは全くないです。 それもそうですよね。『摸倣の殺意』も折原氏のような作風とは全く別物でしたしね。 ストーリー自体は多少興味を惹かれる感じもありますが、実際読んでみたら、驚きの結末まではイマイチ退屈だった、みたいな印象なのかもしれませんね。 >「食欲が無いと夕食に手を付けなかった人物が、寿司だけは手づかみで頬張った」などのような部分に、こだわったりします。 そのこだわりに何か意味でもあるのでしょうか。 私自身、個人的には食べ物が出てくる、或いは登場人物の誰かが食事をするシーンなどは好きなので、別に深い意味がなくても歓迎ですけど。 阿佐田哲也氏のある短編に、納豆にきざみ葱、醤油、砂糖、海苔、卵などをかき混ぜてご飯にのせて食べるシーンがありますが、なぜかこの場面が好きなんです。 しかも、初デートでこれを食べるんですから。まあ相手の女性もこれを気に入ったみたいで、なんとなく微笑ましいんですけどね。 >手持ちに何冊かあるので、それが終わってからにしたいと思います。 そうですか、若干不安な面もあるにはあるんですが、それは読まれたら分かると思います。 でも一読の価値はあると私は信じています。 ではまた ^^ |
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【7669】 |
ドウコク (2013年09月13日 22時36分) |
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これは 【7663】 に対する返信です。 | |||
メルカトルさん、こんばんは。 >おおっ、それは高い、高すぎる。今の時期ほうれん草は高いのは分かっていますので、 はい、ですので、この時期は代わりに似たような小松菜を、(ほんの時々ですが)買って食べます。 どうやら、大阪産ということで、値段はほうれん草よりはかなり安い。 レタスは、実は恥ずかしながら相場はよく分かっていないのですが、洗ってちぎるだけの手軽さから、最近よく買います。 こちらでは、1玉100〜150円くらいかな。 >ところで、ラ王の袋麺食べましたか? 5袋入りでしか売っていないので、買えていません。(それだと、最後はあきそうなので、もったいないから。) バラ売りだと、すぐにでも買うつもりなのですが。 >それもそうですが、筒井氏が今では人気作家とは言えませんので、在庫を置かないのもやむを得ないですね。 この人は、今お話ししている中町氏のように、読めば絶対に興味を惹かれる作家だと思いますので、 いずれ需要が高まるのではないか?、とは思うのですが、各作品の当たり外れは大きいと思います。 さて、中町信氏「天啓の殺意」。 >実際読んでみたら、驚きの結末まではイマイチ退屈だった、みたいな印象なのかもしれませんね。 ここは、良い意味でも悪い意味でも、「Yes」でしょう。 「驚き」も「退屈」もYesであると。 ただ、現在いろんなタイプ、しかも、より工夫の施された作品が登場している中にあって、 当時この手の作品をものした作者は、純粋に凄いと思います、その発想力において。 ここでいう「当時」とは、おそらく1980年代くらいで、その時期なら、 「名探偵や火曜サスペンス的ご当地モノが映像で大活躍」 or 「社会派推理モノの雰囲気の名残りがあった」と思われるのです。 その時期なら、名探偵派&火曜サスペンス派からは「地味」、社会派からは「リアリティがない」と、 受け付けられにくい状況があったのでは?、と思います。 >そのこだわりに何か意味でもあるのでしょうか。 失礼、ここは食事をしているシーンの記述に意味があるのではなくて、 「普段は手づかみでなく箸で寿司を食べる人なのに、その時そうしたのはもしかして……。」 「いや、そうではなく、★★だったかも。」 など、幾通りかの推理が連ねられる、ということです。 というわけで、意味があるのはあるのですが、でも地味なんですよ。 |
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