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【2358】 | RE:竜馬がゆく ドウコク! (2010年04月25日 22時18分) |
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メルカトルさん、こんばんは。 >本当に元気に、前向きになれる小説ですか? むむむっ、これは難しい質問ですね。 そうですね、これに対する私の意見としては、「イエスであり、ノーでもある。」という微妙なものになります。 まず、「イエス」について。 これは、主人公の竜馬だけに着目するならば、彼は終始「前向き」です。 どんな苦境、悲惨な状況であっても、常にポジティブに物事をとらえ、常に明るくユーモアも交え、事態に向かいます。 特に途中からは、友人や仲間の相次ぐ死に直面し、また幕府という怪物に向かい、普通の人間ならくじけそうな場面でも、それを乗り越えていきます。 そして、遂には待望の「明治維新」のおぜん立てを、整えることができるのです。 また、他の人物でも、やはり若さゆえか、大なり小なり前向きのエネルギーを感じますね。 そういった意味では、「イエス」だと思います。 次に「ノー」について。 これはやはり、時代背景に関してですね。 途中で作者の司馬氏は、「維新は確かに達成された。 しかし、それは数えきれない若者の屍の末に、である。」 と記します。 まさに、その通りです。 竜馬を取り巻く人物たちは、道中、その志を胸中に抱いたまま、ほとんどが道半ばにして斃れていきます。 これをフィクションとして読むならば、それもクライマックスに向けての隠し味となるでしょう。 しかし、これは事実なのです。 己の道を正しいと信じる者たちが、悲しいかな、「時代と合わなかった」と言うしかない理由で、次々と去ってゆきます。 しかも、未だ若き身空にて。 更に、結局、最後は竜馬自身も、自分の成し遂げた成果を見届けることなく、散ってしまいます。 そんな皮肉な面を感じさせもするので、「ノー」とも言えると思います。 これは多分、読む人の感性次第ではないでしょうか。 本作で、「明るく頑張れば、いつか良いことがある。」と感じるか、「頑張っても結局は、ダメ。」と感じるか。 ただ言えるのは、その両方の面、いずれも深く感じられる作品ではないか、だと思います。 で、「お前はどっちか?」と問われれば、「どちらかと言えば、イエスの方だ」、ですね。 なお、一巻は、はっきり言って、かなり明るいですよ。 というか、ラブコメ要素もあったりして、お気楽過ぎるような筆致かも。 |
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【2361】 |
メルカトル (2010年04月25日 23時12分) |
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これは 【2358】 に対する返信です。 | |||
ドウコク!さん、こんばんは。 >どんな苦境、悲惨な状況であっても、常にポジティブに物事をとらえ、常に明るくユーモアも交え、事態に向かいます。 うーむ、なるほど。 それだけ竜馬の人となりを上手く掴んで、しかも読者に勇気や元気を与えている、と考えても良いのでしょうか。 >また、他の人物でも、やはり若さゆえか、大なり小なり前向きのエネルギーを感じますね。 所謂、青春群像を歴史的背景を借りた形でユーモアを交えて描かれている、みたいな感触ですかね。 勝海舟や西郷隆盛なども登場するんでしょうか。 それだけでも、楽しみがありますね。 >更に、結局、最後は竜馬自身も、自分の成し遂げた成果を見届けることなく、散ってしまいます。 単なるサクセスストーリーに留まらず、歴史の悲劇としての側面も持ち合わせている、という事でしょうか。 それが現実であり史実である事も忘れてはならないという、作者の隠されたメッセージも読み取れると。 >これは多分、読む人の感性次第ではないでしょうか。 そうですか。 私はどちらでしょうかね、読んでみないと分かりませんが、おそらく両面を感じ取ってしまうんでしょうね。 これは私の勝手な解釈ですが、多くの読者は前向きになれる反面、若くして命を散らした幕末の志士達の姿に悲劇性を感じ取るのではないかと思うのですが、如何でしょう。 各読者の感性がどちらにより傾くかは人それぞれだとは思いますが。 ではまた ^^ |
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