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【819】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 119  評価

さオ (2016年03月30日 18時43分)




学校を出て坂道を登る最中、色んな想いが頭の中を駆け巡った。 


奈央が落ち込んだり、怒ったり、笑ったりしていたのは、 

恋をしていたからなのか。 


奈央が朝一で部活に行った時は、いつも隣のコートに男子バスケがいた。 

初めて部活に行ったあの日、俺と別々で体育館に入ったのも… 

そう考えると、全ての辻褄が合ってくるような気がした。 




俺と出会ってから、奈央は沢山の表情を見せてくれた。 

でも何故だか、その全てが壊れてしまうような不安を覚えた。 


奈央はバレーが大好きな女の子。 

俺に、もう一度前を向くきっかけをくれた人。 

何がどうなろうと、俺にとってはそれが全てだったのだ。 

だから俺は、無我夢中で坂道に向かってペダルを踏み込んだ。 

きっと、ボールを持って待っているに違いない。 





【818】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 118  評価

さオ (2016年03月30日 18時41分)




俺がその沈黙を掻き切ろうと、ボールを構えた瞬間だった。 

俺のポケットに入っていたスマホが震えたのを感じた。 


早く帰って来て 

対人して欲しいから。 


俺「…奈央からだ」 


千景「え!先輩からですか?」 




俺「対人して欲しいから、早く帰って来てって…」 

画面を見せると、千景ちゃんも俺も黙ってしまった。 

でもすぐに千景ちゃんは俺の顔を見上げて、言った。 


千景「こたえてあげてください」 


その表情はどこか、少しだけ憂いを帯びていた。 

俺は「ああ!」と言い切って走って体育館を出た。 


むわっとした湿気を纏った熱気を感じた。一雨来そうな感じだった。 

駐輪場の端っこに止めてある自転車にまたがって、 

俺は前のめりになってペダルを踏み出した。 





制服を来た男子生徒にすれ違う。 

校舎の脇を歩く野球部の一団と目が合った。 

俺はなりふり構わず、立ちこぎで自転車を思い切り走らせた。 


遠くで落雷の音が響いた。その音が、俺の焦燥感を煽った。 


奈央が待ってる。あの庭で、奈央が待ってる。 

その一心だったのだ。 


 

【817】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 117  評価

さオ (2016年03月30日 18時41分)




千景ちゃんの話が全て本当なら、 

俺はとんでもないものを拾ってしまったのかもしれない。 


ニシ君は、奈央が決して自分を見ていないことを知っていた。 

それでもあのお守りを受け取って…どんな気持ちだったのだろう。 

あの日、あそこに落ちていたお守りは…もしかしたら本当に。 


俺の脳裏に、ヒットを一本も打てず、試合後泣き崩れていたニシ君の姿が蘇った。 





正午過ぎの体育館。 

全ての窓を開け放していたものの、真夏の暑さで汗が吹き出た。 

それでもこの日は曇っていたから、暑さはマシな方だった。 

しばらく黙って、レシーブ練習や対人を続けた。 




俺「でも、失恋って…どうしてあげたらいいか分からないなぁ」 

俺「辛そうだし、何かしてやりたいけど…」 

そう言うと、千景ちゃんは真面目な表情になって俺を見た。 


千景「無理して考えなくてもいいと思います」 

千景「奈央先輩って、あんまり人に弱音を吐かないんです」 

千景「今回のことは、私にもあんまり話してくれませんでした」 


千景「だから、もしも何か言われたら、その時にちゃんとこたえてあげればいいと思います」 


俺はその言葉に何度も頷いた。 

何か言おうとしたけど相応しい言葉が思いつかなくて、ただ黙って頷いた。 

 
 

【816】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 116  評価

さオ (2016年03月30日 18時37分)




それを聞くと千景ちゃんは合点がいったように「あ〜!」と頷いた。 


千景「それ、女バレみんなでやったやつですよ」 


俺「えー、そうだったの?でもなんで…?」 


千景ちゃんは楽しいのか、にやにやしながら話を続けた。 


千景「うちらが総体に出た時、偶然野球部の人たちが応援に来てくれて」 

千景「そのお返しをしようって、みんなで作ったんですよ」 



それを聞いて、体から力が抜けた。 

あのお守りは、そういうことだったのか… 

勝手に決めつけて、一人で盛り上がっていた自分が何だか恥ずかしい。 


そして千景ちゃんは、依然として笑みを浮かべたままだった。 



千景「むしろ、西先輩が奈央先輩の事好きだったんですよ」 


俺「え、そうなの!?」 


千景「告白されて、断ったって言ってました」 


千景ちゃんはそう言うと「あれは超驚いたな〜w」と笑っていた。 

俺はそれを聞いて、呆然としていた。 


千景「1さんは校外の人だし、心配してたから色々話しましたけど」 

千景「この話、絶対奈央先輩には秘密ですよ」 

千景ちゃんの真剣な眼差しが俺を捉えていた。 

俺はその念押しに、黙って頷いた。 



【815】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 115  評価

さオ (2016年03月30日 18時37分)




俺「どうしたの?」 


千景「いえ、やっぱり1さんは良い人なんですね」 


俺「やっぱりって?」 


千景「こっちの話ですw」 


ちょっと考えると意味が分かった気がして、なんだか気恥ずかしかった。 



千景「奈央先輩、ふられちゃったんです」 

千景「だから落ち込んでるんだと思います」 


俺「へ?」 


千景「これ、先輩には言わないでくださいね…」 


俺「うん、もちろん。言わないよ」 


千景ちゃんがあまりに突然な事を言い出したので、俺も対応がしどろもどろになった。 




千景「バスケ部の2年生なんですけど…ずっと好きだったみたいで」 


俺「え?」 

俺「ニシ君じゃないの?」 


千景ちゃんは目を丸くして俺の方を見た。 


千景「西って…野球部の西先輩ですか?」 

千景「どうして西先輩なんですか?」 


俺はちょっと困ってしまったが、言葉を振り絞った。 


俺「だって試合の時にお守りを…」 


千景「お守り?なんでそんな事知ってるんですかw」 


千景ちゃんは転がったボールを拾いながら、再び俺の方を見た。 



俺「試合の時、俺が車で送ったんだけど…その時に持ってたから」 

俺「そうなのかなって思ってた」 



【814】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 114  評価

さオ (2016年03月30日 12時50分)




千景「私奈央先輩と仲いいから、よくLINEするんです」 

千景「1さんの事も、よく話題に上がるんです」 

千景「なんか、楽しそうで」 


千景ちゃんはそう言ってくすっと笑った。 

その言葉に、俺は胸がいっぱいになったような気がした。 


俺「本当に?本当なら…良かった」 


千景「何がですか?」 


千景ちゃんの問いに俺は少し言葉が詰まったけど、頑張って続けた。 

俺「だって、いきなり居候とか言って知らない奴が家に来たら…普通は嫌じゃん」 


千景ちゃんは「確かに!」と言って笑った。 




千景「でも、奈央先輩なら大丈夫ですよ」 

千景「すごく優しい人なんで、そういう事は考えないと思います」 

千景「逆に、無理矢理部活に誘っちゃって迷惑じゃないかなぁって、すごく気にしてました」 


俺もそれを聞いて、思わす笑いがこぼれた。 

お互いに、とりこし苦労をしていたということなんだろうか。 

俺は先程まで抱えていた不安を、千景ちゃんに話してみようと思った。 

何か、この子になら話してもいいように思えた。 



俺「奈央は、大丈夫かな。今日、絶対普通じゃなかったよね?」 


千景「そうですね…かなり落ち込んでましたね」 


俺「俺、何かできることないかな。何も分かんなくてさ…」 


俺がそう言うと、千景ちゃんはきょとんとしてこちらを見つめた。 



【813】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 113  評価

さオ (2016年03月30日 12時49分)




そんな事を考えてしまって、体育館のステージに腰掛けていると、 

千景ちゃんに声をかけられた。 


千景「良かったら、居残り練習付き合ってくれませんか?」 

練習が終わって、ほとんどの部員が帰った後だった。 

当然、奈央も俺より先に帰っていた。 


俺「いいけど、今日はネットの片付けは…」 

千景「午後、男バレがそのまま使うんで、立てっぱなしでいいんです」 

そう言うと、千景ちゃんはボールを持ってきて、俺の方に投げた。 

「お願いします」と言ってにこにこ笑ったので、俺もなんだかほっとした。 




千景「レシーブ練習がしたいので、テキトーに打ってきてください」 


俺「オッケー。あ、でも」 

俺「部室、閉まっちゃわない?」 


千景「奈央先輩に言って、鍵を預かってるので大丈夫です」 


俺「それならいいね」 


俺は千景ちゃんに向かって、軽めにボールを打った。 

彼女は2年生だけど上手くて、リベロとしてレギュラーになっている。 


千景「奈央先輩から、よく1さんの話を聞いてました」 


俺「え、どういうこと?」 


唐突のことで、俺はちょっとびっくりした。 



【812】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 112  評価

さオ (2016年03月30日 12時48分)




楽しかったはずのバレー。こんな時、どうすればいいんだっけ。 

俺は、自分の経験を手繰り寄せて考えていた。 

でも、俺が今のケガ以外でバレーに手がつかなくなったことはなかった。 


だから、奈央の気持ちが分からない。 

どうしたらいいのか、全然分からなかった。 



一生懸命の奈央。バレーが好きな奈央。 

俺にもう一度バレーと向き合うきっかけをくれた奈央。 

どうにかして助けてやりたい。 


でも今の俺には、それに気づいてあげられるだけの力も、経験もないのだ。 

部活のコーチだなんて息巻いて、こんな時助けてやれないんじゃ、何の意味もないんだ。 

やっぱり、俺にバレーは…… 




【811】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 111  評価

さオ (2016年03月30日 12時47分)




俺がそれを気にかけていると、例の2年生の千景ちゃんに声をかけられた。 

千景「1さんは、花火見に行くんですか!」 


俺「え、花火って?」 


千景「今日、すぐそこで花火大会があるんですよ。知らないんですか?」 


そういえば、おばさんからちらっと聞いていた気がする。 

あの家の庭からも見れるんだ、ということを話していた。 



俺「花火大会って、今日なんだね」 


千景「そうですよ!2年はみんなで行くかもなんです」 


そう言っていると、他の2年生の子たちも寄ってきて、 

「なになに花火?」「でも今日雨降るらしいよー」と話が膨らんでいった。 

俺には、なんだかその千景ちゃんの様子が、 

無理矢理にこの場の雰囲気を和ませようとしているようにも見えた。 



慣例であるレギュラーメンバーの試合形式の練習になっても、 

奈央の様子が変わることは一向になかった。 

それと比例して、チームの調子もどんどん下向いているような気がした。 

俺にはどうしたらいいか分かるはずもなく、 

ただ外野から励ますことしかできなかった。 



【810】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 110  評価

さオ (2016年03月30日 12時46分)




奈央に笑顔が少ないと、自然とチーム全体の笑顔も減っていく。 

今まで、この部の雰囲気を作っていたのは、 

奈央の笑顔だったのかもしれない、と俺は感じた。 


スパイク練習になると、それはより如実になった。 


いつも調子よく決まる奈央のスパイクが、この日は全然決まらなかった。 

何度やっても、ネットに引っ掛けてしまった。 

奈央自身それが納得できないようで、悔しそうな顔をしては下を向くだけだった。 


失敗しても明るい、いつもの奈央ではなかった。 

それに呼応してか、他の子たちの調子も良くない方に向いている気がした。 



ここまでくると俺も心配になって、スパイク練習の列に並んでいる奈央に声をかけた。 

俺「調子悪そうだけど、大丈夫?」 


俺がそう言って励まそうとしても、奈央はただ「うん」と言うだけだった。 

何かがおかしい。それはもう明らかなことだった。 


休憩時間に他の部員に、「奈央は大丈夫?」と聞いてみても、 

「今までにあんまりこういうことはなかったです」と動揺していた。 


その間も奈央は、体育館のすみに座ってタオルを被り、俯いていた。 



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