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【789】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 92  評価

さオ (2016年03月28日 18時09分)




次第に何もなかった山道から、少々車通りの多い道が増えてきた。 

いくつもの坂を下って、抜けた先に大きな川があって、 

その河川敷の横には、ひまわり畑が広がっていた。 


そして、その向こうには奈央の高校があった。 

こりゃ、帰り道は一段と大変そうだな、と思った。 


奈央のあとを追って校内に入ると、世界が一変するようだった。 

不意に、空気と雰囲気が変わった気がしたのだ。 


驚いて振り返ると、校門からは来た道が続いていた。 





こんな事ってあるもんなのかと思ったが、 

遠くで「こっち!」と呼ぶ奈央の方を向き直って、 

俺は自転車のペダルを踏み直した。 


何もかもが懐かしく感じた。 

そんなに遠い昔のことでもないのに、高校ってこんな感じだったよなぁと、 

目に映るもの全てに親しみを覚えた。 


どこで吹いてるのかも分からない、遠くから聞こえる吹部の「プア〜」という音。 

朝練なのだろうか。熱心な生徒が練習前に来て吹いているのだろうか。 

 

【788】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 91  評価

さオ (2016年03月28日 18時08分)




なにせずっと下り坂で、風を思い切り浴びるので、 

暑さはそこまでじゃなかった。 

奈央が飲み物買うのを忘れたと言って、途中自販機の前で立ち止まった。 



俺「ねえ、そこまで急がなくてもいいんじゃない?」 


奈央「そうかな。まあ、それなら普通に行ってもいいけど」 


俺「何をそんなに焦ってるの?」 


俺は自販機の影に入るようにして、奈央の表情を窺った。 


奈央「別に、焦ってなんていないけどさぁ」 

奈央は怪訝な表情でこちらに視線を向けた。 




奈央「早く行って、準備したかっただけだよ」 

奈央「…ごめんね」 


俺は一瞬「ん?」と思って状況を理解できなかったが、 

奈央が謝っているんだと気付いてすぐにフォローを入れた。 


俺「や、やめて。謝ることないよ。いいんだ別に」 

そう言うと奈央は「ううん」と首を横に振って、 

「行こっか」と言ってペダルを踏んだ。 


夏の朝の陽射しが揺れる中を、奈央が少し前を走っている。 

「学校ちょっと遠いんだぁ」などと言って、時々こちらを振り返った。 


俺はずっと、長い髪の結ばれた奈央の後ろ姿を見ていたから、 

奈央が振り返るたびに目が合って、ちょっと困った。 


 

【787】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 90  評価

さオ (2016年03月28日 18時07分)




次の日、奈央は8時前には支度が終わったようで、やたらと俺を急かした。 

シューズを持っていないことを話すと、渋々自分の体育館履きを貸してくれた。 

俺は自前のコルセットを準備したり、 

タオルやTシャツを準備するのに手間取った。 


結局8:30前に家を飛び出して、俺は寝ぼけた頭を覚ますのに必死だった。 


奈央「早く!」 

奈央は庭先の道で自転車に乗って俺を促した。 


夏の朝の真っ白な光が、俺たち二人を包み込んだ。 



 
自転車に乗るなんて久しぶりのことで、なんだか不思議な気がした。 


「急ぐから、私のあと付いてきてね!」そう言う奈央の背中を追いかける。 


風を切って坂道をどんどん下っていく。 

前を行く奈央の後ろ姿が小さくなっていく。 


いくつものぶどう畑が横目に通り過ぎていく。 

あの駅前の道も通り過ぎた。遠くに、麓の街が小さく見えた。 

太陽の光を浴びて、キラキラと光っていた。 



【786】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 89  評価

さオ (2016年03月28日 16時36分)




俺は、変わり始めていたのかもしれない。 

全てに自暴自棄になって、過去の記憶の亡霊に取り憑かれて流れ着いたこの場所で、 

俺は何か大事なものを見つけかけていた。 


その日、初めて奈央からLINEが来た。 

「明日は8:30には家出るからね」 

とだけ書かれた、簡素なものだった。 


気合を入れて返事を返すのもアレなので、 

俺は「りょーかい」とだけ打ち込んで、返事とした。 




同じ家にいるというのに、LINEをするというのも妙な感覚だった。 

自分の部屋にいるのも、少しだけソワソワした。 

灯りは豆電球だけにして、しばらくスマホを眺めていた。 


窓の外からは相変わらず虫の声が聞こえていた。 

その日は、なんだか不思議な夜だった。 


今更ながら、自分が全然知らない世界に来たような、そんな不思議な気持ちになった。 




【785】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 88  評価

さオ (2016年03月28日 16時35分)




俺「明日の部活なんですけど」 

俺「俺、ここ何年かずっと、やりたいことが何もなかったんです」 

俺「したくもない勉強を毎日毎日ずーっとやって、そんな風に過ごしてきて」 


俺「でも今、本当にやりたいと思えることが、目の前にできたんです。もう、何年もなかったのに」 

俺「だから明日、俺は奈央さんの部活に行って来ます」 


俺は無我夢中で、今自分の心にあることを吐き出した。 

まるで小さい子供のように、心に燃える想いを躊躇なく吐き出していた。 




おじさん「1君、どうしたで」 


俺「はい?」 


おじさん「なんか今、すごい楽しそうじゃん」 


俺はおじさんのその言葉を聞いて驚いた。 



俺「え、そうですか?」 


おじさん「なんか、いい顔してたよ」 


自分でも気づいていなかった。俺はそんな風に見えていたのか。 

というか、そんな風になっていたのか。 



おじさん「まあ、好きにしたらいい。早起きして部活に行くのも一興だ」 

おじさんはそう言うと、笑みを浮かべて煙草をくわえた。 


俺も、「そうかもですね」と笑って相槌を打った。 




【784】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 87  評価

さオ (2016年03月28日 16時34分)




おじさん「奈央の部活でも、見に行くのけ」 


俺「あ、そうです。ちょっと頼まれたので」 


おじさんは、ふうっと煙を吐いて続けた。 


おじさん「そんなこんやってないで、勉強しなくていいだか?」 


俺は突然の言葉にドキッとし、一気に体温が上がる気がした。 


俺「いや…もちろん勉強も…」 


おじさん「勉強に集中するためにこっちに来たって聞いたけど」 

おじさん「なんで部活に行くなんて話になってるだ」 


俺「…すいません」 


蒸し暑い夏の夜に、場が凍りついたようだった。 

まさか怒られるとは思っていなかった俺は、 

握りしめた拳に嫌な汗をかいた。 




おじさん「…なんて、いつもこんなん言われてた?」 


俺「…はい?」 


おじさん「1君、本当は勉強好きじゃないら?」 


おじさんの態度がくるっと変わったので、俺は何て言ったらいいか分からずにいた。 


おじさん「というか、他にやりたいことがあるらに」 

おじさん「聞いたよ、畑も手伝ってくれたらしいじゃん」 

おじさん「庭でよく奈央とバレーもしてるんだってね」 


おじさん「でも俺は、それでもいいと思うんだよ」 

おじさん「勉強ばっかりやってたら、人間頭がおかしくなっちまうよ」 



リーンという夏の虫の声に揺られて、おじさんの横顔が暗闇にぽっかりと浮かび上がっていた。 




【783】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 86...  評価

さオ (2016年03月28日 16時33分)




奈央「明日、早いからね。寝坊はダメだよ」 


俺「分かった。奈央も寝坊すんなよ」 


奈央「うっさい」 



皿洗いが終わった後、俺は真っ暗になった庭に出た。 

使ってない自転車があるらしく、明日俺が使うために出してこようと思った。 

家の居間からの灯りと、まばらな街灯の灯りだけが頼りだった。 



ぶどう畑の脇の、物置のような所から自転車を引っ張り出してきて、 

水道の横に止めると、縁側にいたおじさんに声をかけられた。 


おじさん「自転車なんか出して、どうするで」 


俺「あ、いえ。ちょっと明日使わせてもらおうかと」 


おじさん「明日どっか行くの?」 


そう言われて少し戸惑ったが、すぐに「部活です」と自信たっぷりに答えた。 


おじさんは「はは!」と高笑いし、「1君は高校生だったっけ」と笑っていた。 

おじさん「ちょっとここ座れし」 


そう言われて、俺はおじさんの横に座った。 

 

【782】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 85  評価

さオ (2016年03月28日 16時31分)

(し、しまったw chk外すの忘れてageてしまった。戻らない? ダメ? ギャハハハ)






奈央「LINEだよ。部活のグループ」 


俺「ああ、そういうこと」 



奈央「みんな結構期待してるよ。良かったね」 


俺「え、マジ。なんか緊張すんだけど」 


そう言うと奈央は「なんでw」と言って笑った。 


奈央「今日みたいな感じで教えてくれたらいいよ」 


俺「ん、分かったよ」 


奈央「あとで、LINEも教えて」 


俺「ああ、いいよ」 




奈央「手伝おうか、それ」 


俺「いや、いいよ。これは居候の俺の仕事」 


手伝いは断ったものの、俺が皿洗いをしている間、奈央は俺の横に立っていた。 

その時、奈央がどんな表情をしていたのか、俺は見ていなかった。 



蚊取り線香の匂いがした。 

おばあちゃんとおじいちゃんがテレビを見て笑う声がした。 

おじさんは相変わらず網戸外の縁側で一服つけているようだった。 


夏の夜の、いつも通りの穏やかな時間が流れていた。 

その中で、俺の皿を洗う水の音が響いていた。 


 

【781】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 84  評価

さオ (2016年03月28日 16時29分)




俺「俺なんかで良ければ、力になるけど」 

俺「コーチなんてやった事ないから、上手くできるか分かんないけどさ…」 


俺がそう言うと、奈央はくすっといたずらっぽく笑った。 


奈央「ほら、やっぱり」 


俺「何が?」 


奈央「1はまだ、バレーやりたいんだよ。そうに決まってる」 


奈央が力のない笑顔で俺に語りかけてくる。 


奈央「1は、自分の大好きな事を勝手に終わらせようとしてない?」 

奈央「夢だった…って何?夢なら、また追いかければいいじゃん」 

奈央「少なくとも、私だったらそうするんだけど」 


そう言うと、奈央は口元だけで笑って首を傾げた。 




俺は、けがをしてバレーと関わることを意識的に避けてきた。 

でも、それは間違っていたのかもしれない。 

そのせいで、いつまでたってもバレーを忘れられず、 

そのしがらみに足をとられ続けてきた。 


俺の本当にやりたい事は…いつまでも経っても変わらない夢は…… 


その日の夕飯のあと、台所で皿洗いをしていると奈央に声をかけられた。 


奈央「明日臨時コーチに来てもらうって、みんなに言っといたから」 


俺「みんなに?どういうこと?」 


奈央はぽかんとして、スマホを指差した。 



【780】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 83  評価

さオ (2016年03月28日 16時28分)




奈央は、凛とした目で俺を見た。 

そんな目で見つめられるのは初めてのことだった。 


俺「そう言われても、そんないきなり部外者が…」 


奈央「…やっぱり勉強忙しい?」 


俺がここに来た目的―それはもちろん勉強だが― 

でもそんな事ばっかりやっていて、意味があるんだろうか? 

その先には夢も目的もない、何もないのに勉強だけしている。 


奈央たちと頑張ったら、その先には何かあるんだろうか― 

何か、見えるんだろうか? 





奈央「大会まで、あと一週間だけ…部活に来てくれない?」 

奈央「お願い…!」 

奈央のまっすぐな瞳が俺を見つめた。 


奈央の言葉は、不思議な力を持っているようだった。 

いつもの俺なら、間違いなく断っていただろう。 

バレーを思い出すと辛いから、 

バレーを避けて、バレーの事を忘れようとして生きてきた。 


なのに、奈央とはなぜか一緒にバレーがしたいと思えた。 

もう一度やれるかもしれない、そう感じた。 




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