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【116】

寿命を買い取ってもらった その24  評価

綺華 (2014年11月21日 19時59分)



(その1は、【88】)



しばらくは、手元に残ってた本の中でも一番難解な

 「フィネガンズ・ウェイク」を読んで格好つけてた。

 当然、内容はさっぱり頭に入ってこなかった。

 余命三ヶ月だってのに、何をやってるんだろな。

 
読書に飽きた俺は近所のスーパーに行って、

 グラス付きのウイスキーと氷を買った。

 ミヤギも菓子パンやら何やらを買いこんでた。

 それを見た俺は、なんか幸せな錯覚に陥ってさ。

 
実を言うと、俺には昔から憧れがあったんだよ。

 同居してる子と部屋着のままスーパーに行って、

 食材とかお酒を買って帰ってくる、って行為に。

 
羨ましいなー、って思いながらいつも見てた。

 だから、たとえ監視が目的だろうと、若い女の子と

 夜中のスーパーで買物するってのは楽しかったんだ。

 むなしい幸せだろ? でも本当だから仕方ない。



 
 

【115】

寿命を買い取ってもらった その23  評価

綺華 (2014年11月21日 19時58分)



(その1は、【88】)



今日は何をしても駄目な日なんだ、と俺は決めつけた。

 好きなことでもして気分を紛らそうじゃないか。

 それで明日になったら、また何をするか考えよう。

 
というわけで、欲望の赴くままに過ごそうと決めた俺だったが、

 その上で、どうしても邪魔になるやつが部屋のすみにいるんだよな。

 
「私のことはいないと思ってくださって結構ですよ」

 俺の気持ちを察したのか、ミヤギはそう言う。

 だが、本人がいくらそう言っても、気になるものは気になる。

 自分で言うのもなんだが、俺はかなり神経質なんだ。

 
同世代の女の子に見られてるのを意識しだすと、

 行動のひとつひとつがおかしくなるんだよ。

 「自然体っぽい格好よさ」を出そうとしちまうんだな。

 気付くと髪を触ってるんだ。完全に自意識過剰だ。



 
 

【114】

寿命を買い取ってもらった その22  評価

綺華 (2014年11月21日 19時57分)



(その1は、【88】)



弟の相変わらずの大活躍については勿論のこと、

 お袋は、弟が連れてきた恋人の話までし始めた。

 
「とにかく美人なのよ」とお袋は二十回くらい言った。

 「同じ人間とは思えないほど美人でね、その上性格も……」

 まるでもう孫ができましたみたいな話ぶりでさ。

 俺の話なんて全く聞こうとはしてねえんだよな。

 
実家に帰ろうという気持ちは、段々としぼんでいった。

 最近では、その弟の素敵な恋人さんってのを、

 しょっちゅう家に招いて夕食を一緒にするらしい。

 その場に俺が混ざるのを想像しただけで死にたくなったね。

 
俺は適当なところで電話を切った。実家に帰るのは、やめた。


 
 

【113】

寿命を買い取ってもらった その21  評価

綺華 (2014年11月21日 19時56分)



(その1は、【88】)



『どうしたの? 珍しいね、あんたからかけてくるなんて』

 お袋の声を聞くのは、本当に久しぶりだった。

 バイトと勉強が忙しくて電話をする暇がなかったからな。

 
「急で悪いけど、今から実家に帰っていいかな」。

 俺はお袋にそう聞くつもりだったんだ。

 で、家族の無償の愛とやらに包まれながら、

 余生を穏やかに過ごそうと思ってたんだよ。

 だが、こっちが何か言う前に、お袋はべらべらと喋り出した。

 
それは俺の二つ下の、弟の話だった。

 お袋はことあるごとにあいつの話をしたがるんだよ。

 
というのも俺の弟、ちょっとした有名人なんだ。

 野球をするために生まれてきたような男でさ、

 一年の時から甲子園で投げてるんだよ。

 テレビにもしょっちゅう出てるんだ。自慢の弟さ。



 
 

【112】

寿命を買い取ってもらった その20  評価

綺華 (2014年11月21日 19時55分)



(その1は、【88】)



それでも俺は極力気にしていないふりをして、

 「ふうん」と言いながら煙草に火を点けた。

 
三本くらい吸うと、体調が悪いせいか、

 嫌な感じに頭が痛くなってきてたな。

 でも吸い続けた。色んなことを忘れるために。

 
ミヤギは部屋のすみに戻っていった。

 で、ノートにさらさらと何かを書いてたな。

 
気が付くと、いつの間にか日が落ちていた。

 俺は自分の書いたリストに目を落とし、

 幼馴染の項に取り消し線を引いた。

 
それからもう一度リストをじっくり眺めて、

 電話を手に取り、ゆっくりボタンを押した。


 
 

【111】

寿命を買い取ってもらった その19  評価

綺華 (2014年11月21日 19時55分)



(その1は、【88】)



俺がどんな反応を示したかって?

 そりゃ、がっつり傷ついたさ。がっつりな。

 一番大切な記憶を台無しにされたんだからな。

 
情けない話なんだが、二十歳になっても、

 俺の根っこの部分はどこまでもピュアと言うか

 ナイーヴというかセンシティヴというか、

 ようするに子供の頃から成長していなかったんだな。

 
何かが変わったり、何かが終わっていく、

 そういうことが、いまだに耐えらないんだよ。

 成人男性のくせにカナリヤ並に敏感なんだ。




 
 

【110】

寿命を買い取ってもらった その18  評価

綺華 (2014年11月21日 19時54分)



(その1は、【88】)



 
「その幼馴染さんですけど」とミヤギは告げる。

 
「十七歳で出産してるんです。で、高校を退学。

 十八歳で結婚しますが、十九歳で離婚してます。

 二十歳の現在は、一人で子育てしてますね。

 ちなみに二年後、首吊り自殺することになってます。

 
いま会いにいくと、多分『お金貸せ』とか言われますよ。

 あなたのこと、ほとんど覚えてませんし」




 
 

【109】

寿命を買い取ってもらった その17  評価

綺華 (2014年11月21日 19時53分)



(その1は、【88】)




中学に入って新しい環境に馴染めず、

 クラスで孤立した俺に唯一毎日話しかけきて、

 「どうしたの?」って聞いてくれたのも幼馴染だった。

 
離れ離れになった後も、辛いことがあったとき、

 俺が思い浮かべるのは幼馴染のことだった。

 
彼女がいなきゃ、今の俺は無かっただろうな。

 まあ、無いなら無いでいいんだけどな。

 
とにかく俺は彼女に感謝していたんだ。

 ここ数年まったく連絡はとっていなかったが、

 もし彼女に何かあったら、真っ先に駆けつけようと思ってた。

 どんな形でもいいから、彼女に恩返ししたいと思ってたんだ。


 
 

【108】

寿命を買い取ってもらった その16  評価

綺華 (2014年11月21日 19時52分)



(その1は、【88】)



いつの間にか真後ろにミヤギがいて、

 俺の書いたリストを眺めていた。

 
「それ、やめた方がいいですよ」

 一つ目の項目を指差して、彼女は言った。

     “幼馴染に会って礼を言う”。
 
「なぜ?」と俺はミヤギに訊ねた。

 
――幼馴染について、ちょっと説明するか。

 夢にも出てきたその子と俺は、四歳からの仲でさ。

 彼女が転校するまでは、どこにいくにも一緒だったんだ。



 
 

【107】

寿命を買い取ってもらった その15  評価

綺華 (2014年11月21日 19時51分)



(その1は、【88】)




やりたいことリスト。たとえば、こんな感じだ。
 
 ・幼馴染に会って礼を言う
 
 ・親友と会って馬鹿話をする
 
 ・なるべく多くの時間を家族と過ごす
 
 ・知人全員に向けて遺書を書く
 
 ・大学には行かない
 
 ・アルバイトにも行かない

 
まあ、全体的に平凡な発想だ。

 誰に書かせても似たような感じになるだろうな。


 
 

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