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【156】

寿命を買い取ってもらった その64  評価

綺華 (2014年11月21日 20時33分)



(その1は、【88】)


 
かつて趣味だった読書も音楽鑑賞も、

 あくまで「生きていくため」のものだったんだよな。

 人生に折り合いをつけるために音楽や本を用いてたんだ。

 
いざ余命三か月となると、何もしたいことがなかった。

 薄々感づいてはいたけど、俺って生き甲斐がないんだ。

 寝る前の空想だけを楽しみに生きてたとこがあるな。

 
監視員は言う、「別に無意味なことだっていいんですよ。

 私が担当した人の中には、余命二か月すべてを、

 走行中の軽トラックの荷台に寝そべって

 空を見上げることに費やした人もいるんです」

 
「のどかだな、そりゃ」と俺は笑った。

 
 

【155】

寿命を買い取ってもらった その63  評価

綺華 (2014年11月21日 20時32分)



(その1は、【88】)



机の上には、書きかけの遺書があった。

 だが、続きを書くのは何だか馬鹿らしかった。

 誰も俺の言葉なんて気にしちゃいないんだ。

 
会いたい人もいないし、そうなると、

 いよいよすることがなくなってしまった。

 散財しようにも金は昨日配りきってしまったし。

 
「何か他に好きなことはないんですか?」

 ミヤギは俺にを励ますように、そう訊ねた。

 「やりたかったけど、我慢してたこととか」

 
そこで割と真剣に考えてみたんだけど、

 俺、どうやら好きなことがあんまりないらしい。

 あれ、今まで何を楽しみに生きたんだっけ?



 

【154】

寿命を買い取ってもらった その62  評価

綺華 (2014年11月21日 20時32分)



(その1は、【88】)
 
 

六時ごろに目を覚まして、俺は歩いてアパートまで帰った。

 街の外れでは朝市をやっていて、早朝から騒がしかった。

 
四時間くらい歩いて、ようやくアパートについた。

 一昨日の件もあって、両腕両足が悲鳴を上げてたな。

 もっと安らかに生きることはできないのかね、俺は。

 
シャワーを浴びて着替えると、寝なおした。

 ベッドだけは俺を裏切らない。俺はベッドが大好きだ。

 
さすがのミヤギもそれなりに疲れたらしく、

 監視もほどほどに、すぐシャワーを浴びて、

 部屋のすみっこでうつらうつらしていた。


 
 

【153】

寿命を買い取ってもらった その61  評価

綺華 (2014年11月21日 20時31分)



(その1は、【88】)


 
眠りにつくまで、俺は真上に広がる星空を眺めていた。

 
最近、夜空を見る機会が増えた。七月の月は、綺麗だ。

 俺が見逃していただけで、五月も六月もそうだったのかもしれない。

 
俺はいつものように、眠りにつく前の習慣を始めた。

 頭の中に、いちばんいい景色を思い浮かべる。

 俺が本来住みたかった世界について、一から考える。

 
五歳くらいから、ずっとやってる習慣だった。

 ひょっとしたら、この少女的な習慣が原因で、

 俺はこの世界に馴染めなくなったのかもな。


 
 

【152】

寿命を買い取ってもらった その60  評価

綺華 (2014年11月21日 20時30分)



(その1は、【88】)



三十万はあっという間になくなった。

 俺は勢い余って、財布の金にまで手を出した。

 
きっと俺は、誰かに構って欲しかったんだろうな。

 「何かあったんですか?」とか聞いて欲しかったんだろう。

 
三十三万円配り終えると、俺は道の真ん中で立ち尽くした。

 道行く人が不快そうに俺のことを眺めていた。
 

タクシー代も残っていなかったので、

 俺は建物の陰になっているベンチで寝た。

 真上に傾いた街灯があって、しょっちゅう点滅していた。

 ミヤギも正面のベンチで寝るようだった。

 女の子にひどいことさせんてなあ。

 
「先に帰っていいんだぞ?」

 俺がミヤギにそう言うと、彼女は首をふった。

 「そしたらあなた、自殺とかしそうですから」


 

【151】

寿命を買い取ってもらった その59  評価

綺華 (2014年11月21日 20時29分)



(その1は、【88】)
 
 
 
俺は冷めたパスタをゆっくり食べた。
 
 しばらくすると、ミヤギが正面に座って、
 
 幼馴染の分のパスタをぱくぱく食べ始めた。
 
 「冷めてもおいしいですね」とミヤギは言った。
 
 俺は何も言わなかった。
 
 
店を出ると、俺は駅前の橋に向かった。
 
 そしてそこで、幼馴染に渡すはずだった
 
 三十万円の入った封筒を胸から取り出し、
 
 道行く人に、一枚ずつ配って歩いた。
 
 
「やめましょうよ、こんなこと」とミヤギが言う。
 
 「別に人に迷惑はかけてないだろ」と俺は返す。
 
 
どいつもこいつも、渡されたのが金だと分かると、
 
 薄っぺらい礼を言うか、怪訝そうな顔をした。
 
 断る奴もたくさんいたし、もっとよこせと言う奴もいた。
 
 
 
 
 
 

【150】

寿命を買い取ってもらった その58  評価

綺華 (2014年11月21日 20時28分)



(その1は、【88】)



心のどこかで俺は、この幼馴染なら、

 俺の話を真面目に聞いてくれる、俺に深く同情し、

 慰めてくれるって信じてたんだろうな。

 
でも話が始まって五分とたたずに、

 幼馴染は退屈そうな反応を示し出した。

 馬鹿にしたような顔で、「ふーん?」とか言うのな。

 
もちろん間違ってるのは俺で、悪いのは俺なんだ。

 俺だって突然、寿命を買い取る店がどうだの

 監視員がこうだの言われても、信じないだろう。

 大笑いされなかっただけマシだと思う。

 
幼馴染は「ちょっと失礼」と言って立ち上がった。

 トイレにでも行くんだろう、と俺は思ってた。

 その直後に、注文した料理が二人分届いた。

 俺は早く続きを話したくて仕方なかったな。

 
でも幼馴染は戻ってこなかった。

 料理が冷めるまで待ったけど、戻ってこなかった。

 また俺は”やっちまった”わけだ。


 
 

【149】

寿命を買い取ってもらった その57  評価

綺華 (2014年11月21日 20時28分)



(その1は、【88】)


 
外見にそれなりに金をかけたおかげか、

 幼馴染は俺のことを気に入ってくれたみたいだった。

 「ずいぶん変わったね」と言いながらべたべたしてくる。

 
なんていうかさ、いける感じの雰囲気だったんだよ。

 訓練の成果と、未来を知ってるがゆえの余裕もあって、

 俺はかなりの好印象を幼馴染に与えることに成功してた。

 
しかし俺ってやつはさ、本当に物事を

 台無しにしないと気が済まないらしいんだよな。

 
近況を語りたがる幼馴染の話をさえぎって、

 何と俺は、寿命を売った件について話し始めたんだよ。

 「あのさ、俺、余命三か月しかないんだよ」って

 同情を引くような調子で語りはじめたんだ。



 
 

【148】

寿命を買い取ってもらった その56  評価

綺華 (2014年11月21日 20時27分)



(その1は、【88】)



電話してから幼馴染に会うまで

 大体八時間くらい間があったんけど、

 俺には二十七時間くらいに感じられたね。

 五秒に一回くらい腕時計を見てた気がする。

 
ぎりぎりまで俺は、ミヤギで訓練してた。

 どうすりゃ相手に良い印象を与えられるか、

 カフェのすみで、二人で試行錯誤してたな。

 
――そうして、ついに待ち合わせの時間が来た。

 待ち合わせ場所にやってきてくれた幼馴染を見て、

 俺はその外見や口調の変化にとまどいつつも、

 笑い方や仕草が変わっていないのに気づいて、

 それだけで、本当に電話してよかったと思った。

 
「ひさしぶり」と彼女は言った。「元気にしてた?」

 「元気にしてたよ、そっちは?」と俺は答えたが、

 余命三か月の俺が元気だって言うのも笑えるよな。


 
 

【147】

寿命を買い取ってもらった その55  評価

綺華 (2014年11月21日 20時26分)



(その1は、【88】)



待ち合わせまで暇だったから、俺はミヤギに頼んで、

 幼馴染と会ったときの予行演習をすることにした。

 
昨日友人と会った時のレストランに入り、訓練を始める。

 正面に座ったミヤギに向かって俺は微笑み、

 「どうだミヤギ、感じ良く見えるか?」と聞く。

 周りから見れば、壁に向かって微笑みかける変人だ。

 
ミヤギはサンドイッチをもそもそ食べながら答える。

 「んー、ちょっと笑顔がこわばってますね。

 普段笑わないから、表情筋が弱ってるんですよ」

 
「そうか。なら、夜までに鍛え上げてみせるさ」

 俺は何度も笑ったり真顔になったりを繰り返す。

 
「……あなた、なんていうか、おもしろいですね」

 
「ああ。魅力的だろ? 惚れないように気をつけろよ?」

 
「気を付けます。しかし、浮き沈みの激しい人ですね」

 
実際、かなり浮かれてたんだよ、その時は。



 
 
 
 
 
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