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【74】

血染めの黙字録  評価

のほSEIL☆ (2023年08月10日 15時06分)

(十五)

数田警部補は腕時計を見た。

針が午前三時を指した。決行時間である。

「こんばんは。こんばんは」

数田警部補は玄関のガラス戸を叩いた。

犬がまた激しく吠えはじめた。
雨脚は強くなるばかりである。

部屋の明かりはつかない。

「こんばんは!こんばんは!」

ようやく、玄関の電球が灯り、
岩城の妻・とし子が玄関口まで出てきた。

いち早く、六人の捜査員が裏の出入り口、
濡れ縁、トイレの窓下、崖下の通用路を固めた。

「警察じゃが、大西がおるでしょう」

「大西さんはおらんですよ」

「いや、おるはずじゃが。
逮捕状を持ってきとるのじゃから、戸を開けてくれんかの」

数田警部補の後ろに六人の
刑事が息をこらしていた。
みな、雨に打たれている。

戸が開いた。

「一応、家宅捜索させてもらうから」

数田警部補を先頭に七人の捜査員が
どかどかと室内にあがりこんだ。

二人は四畳半の台所へ。
数田警部補らは六畳間へ。

誰もいない。

奥の間に人の気配がある。
中央にこたつがあり、誰か寝ているらしいが、
暗くてわからない。

「おい、電燈をつけてくれい」

数田警部補は傍らの鞆井(ともい)清刑事に命じた。

鞆井刑事がこたつに足をかけ、
六十ワットの電球をつけた。

こたつには左側に女中が子供二人と寝ていた。

こたつをはさんで右側にも布団があるが、
頭からすっぽりとかぶっているので
誰が寝ているのかわからない。

「撃ってくるかもしれん。用心してかかれ」

数田警部補が押し殺した声で言い、
鞆井刑事と川相(かわあい)刑事らが姿勢を低く構え
さっと、ふとんめくった。

寝ていたのは山村組組員で、
大西ではなかった。

「おらんぞ。手分けして捜すんじゃ。
 押入れの上の天井もじゃ。気いつけいよ」

刑事たちは室内に散った。

戸を開ける音、同時にひれ伏す音が響く。

犬は家の中の動きを察知し、
一層、激しく吠えはじめた。

「二階の階段も注意せい」

やがて、二階からドタドタと足音が響いてくる。

「おらん。逃げた形跡もない」

「押入れも異常なしじゃ」

「外は固めておるんじゃろうな」

「外へは逃げられん」

一階の全ての部屋を捜索した刑事たちも
奥の間の数田係長の元へ集まってきていた。

「やっぱり、おらんか」

数田係長は逮捕状を手に迷っていた。

「どうしますか」  刑事たちの眼が問いかけてくる。

そのときだった。

鞆井刑事は冷えた体とは裏腹につま先に暖かさを感じた。
堀炬燵の中を確認していなかったことに気づいた。

大西がいない、という先入観があって、
それまでの用心深さが欠けていたのかもしれない。

ふとん、の端を握った手が
頭上を払うように振られた。

部屋の明かりが炬燵の中に差し込まれた。

そこには二丁拳銃を両こめかみに当て、
眉間をギリギリと立てた
悪魔のキューピーの姿があった。
【73】

血染めの黙字録  評価

のほSEIL☆ (2023年08月10日 15時03分)


(十四)

昭和二十五年一月十八日。

夜来から呉市内に降りしきっていた雨は
日付が変わるころから肌を刺す氷雨となった。

呉署刑事課係長、数田理喜夫警部補ら
私服、制服の警官三十人の一団が
呉市東鹿田の山手道を登っていた。

その先に山村組客分、岩城義一の家があり、
そこに殺人犯悪魔のキューピー、
大西政寛が潜伏しているとの情報が入っていた。

呉市は呉港を抱いて三方を山に囲まれている。

呉駅から市街を眺めて正面が灰ヶ峰、
左が鉢巻山、右が休山となり
それぞれの山麓が市の中心街を抱く形になっている。

山麓にある高台の家は坂道の細い
路地続きで車も入れない。

当然ながら、路地は迷路のように入り組んでいる

大西潜伏の情報がある岩城義一宅は
休山の山麓、高台の女学校の崖下にあり
もし、拳銃を発砲されて抵抗、
逃走されると周囲は細い路地伝いに
山越えでの逃走も可能だった。

制服警官九人が一班を編成し、
三班で岩城宅を包囲した。

「大西が発砲してくる可能性が高いけん、油断ないよう」

午前二時半、逮捕状を手にした
数田警部補ら十三人の刑事は
岩城宅の玄関に向かった。

雨足が激しい。

軒下で飼われていた土佐と秋田を掛け合わせた
大型犬が激しく吠えだした。
【72】

血染めの黙字録  評価

のほSEIL☆ (2023年08月03日 13時24分)

(十三)

昭和二十四年、九月二十七日
大西政寛から拳銃を受け取った美能幸三は
土岡組組長・土岡博を広島市内で銃撃する。

土岡博は四発の銃弾をあびたが一命をとりとめ、
土岡組と山村組は抗戦状態に入る。

土岡抹殺に失敗した山村辰雄は報復を怖れ
全ての計画は大西が画策したものとして
手打ち工作に奔走し、美能の破門と自首を
条件に和解にこぎつけた。


ここにきて、大西は初めて自分と
舎弟の美能幸三が山村の捨てゴマに
使われたことを知る。


それはまさに大陸での従軍時代に味わった
石コロを飲み込んだように大西の臓腑を刺激した。

終戦直後に殺人の前科を持つ弟分の美能幸三は
生きてシャバに戻ってこられるか、わからない。

一年、一月も不自由を我慢できない大西にとって、
臓腑で鳴る虚無と苛立ちをまぎらすために、
大西は呉を離れて福山にいることが多くなった。

山村辰雄への疑念や不信は決定的になっていた。

土岡博襲撃のすべては大西が描いた絵図、
という噂を耳にし、それがどこから出たかが分かれば、
呉にいたくない、のは当然だった。

わしは騙されていたのか、と大西は初めて確信した。

金で釣られて、太っ腹な親分と思い込み、
土岡博を裏切ったばかりか
可愛い弟分の美能幸三を窮地に追い込んでしまった。

鬱屈を晴らすため、大西は福山で競馬場通いを始める。
勝負となれば負けたくない大西にとって、
札ならイカサマ、競馬は八百長であった。

誰がどう仕組み、失敗したのかは分からない。

昭和二十四年十一月二十六日、
最終レースが終わった午後五時半ごろ
大西は騎手を呼び出し、割り木で
顔面、頭部をめった打ちにした。

福山署はこれを殺人未遂事件として捜査を始める。

大西の逃亡生活がまた始まった。

読み書きのできない大西は
極度に広島県を出るのを嫌った。

土地勘のある尾道、三原に「つて」を頼り、
年の瀬には密かに初子のいる呉へと舞い戻った。

母・すずよを交えて久しぶりの
団欒のときをすごしたのだろうか。

しかし、昭和二十五年が明けたばかりの一月四日、
悪魔のキューピーは自分の名をかたった土木作業員を
いとも簡単に射殺、自ら破滅への扉を開けるのだった。
【71】

RE:THE  LAST  OF ...  評価

のほSEIL☆ (2023年07月25日 16時13分)

ちょいさん

これはまた、珍しいお客さま!

先月、定期健診を受けたら
主治医が驚く好数値で、まずは安堵した日々です。
月末に六回目のワクチン接種です。

お互い、老後の猛暑はこたえますな。
叔父貴もくれぐれも無理なさらずに

  暇ができたから、といって
     飲み歩いた挙句のネオンの熱中症と
    奥方の雷注意報にはお気をつけください
【70】

RE:THE  LAST  OF ...  評価

ちょい不良オヤジ (2023年07月25日 10時39分)

のほSEIL☆さん、お部屋皆様はじめまして、失礼いたします。

>連載、再開いたします。

待っていました。
もう少し後にするか迷っていましたが、何故か自分でもよく分からんが?
猛暑が続いていますが、どうかご無理なさいませぬよう、気を付けて下さいね。
【69】

血染めの黙字録  評価

のほSEIL☆ (2023年07月24日 17時57分)

(十二)

昭和二十四年六月ごろになると
大西は山村組の「客分」として
すっかり呉に居ついてしまう。

山村辰雄は組事務所裏に一軒家を借り、
初子を招いて同居させた。

大西は字が読めなかったため、
広島から出ることを極度に嫌った。

不自由な逃亡がひと段落して、
心にはすっかり隙ができていた。

その時期、山村組の若頭、佐々木哲彦は
市議会の議長選挙の裏工作のため
議員を拉致、監禁した事件で拘留された。

今や大西は佐々木に代わって、
山村組の若頭の地位にあった。

山村辰雄の策謀は仕上げに入った。

山村は大西にそれまでの親分である
土岡博がいかにだらしないか、
腹黒く、山村謀殺を狙っているかを
涙と怒りの迫真の演技で、縷々説明した。

それは悪魔のキューピーが本当の悪魔に
魅入られたとき、といえようか。

大西政寛はついに、自分の親分である土岡博、
抹殺のハラを固めてしまう。

昭和二十四年七月も終わろうとしていた
暑い夏の夜、大西政寛の舎弟、美能幸三は
山村組事務所に呼び出された。

事務所の二階で大西政寛は
五人の男に声をひそめて話していた。

それは土岡博の暗殺計画だった。

大西の情報ではその夜、土岡博らは
江田島・高須の海水浴場のバンガローで
一泊するという。

中には天井の四隅から蚊よけの蚊帳が吊ってある。
吊り手を斬ればふわっ、
と落ちた蚊帳は人の寝ている形を
自然に浮かび上がらせるうえ、
中の人間は身動きができなくなる。
そこをめった斬りにするという計画なのだ。

舟はエンジンの付いた漁船を手配済みで、
奇襲をかけたあとはさっと引き揚げれば
犯人も分からない、という絵図である。

大西は一同に集合時間の念を押し、
山村辰雄の自宅へ報告に向かった。
「幸三、お前はどうするんない」

大西の問いに断るわけにもいかず、
その夜のあてもないことから
美能はそのまま、事務所にとどまった。
しかし、集合時間になって戻ってきたのは一人だけだった。

山村辰雄は怒った。
もちろん計画は中止である。

美能幸三は半ば、安堵の気持ちが強かったが、
大西の表情は曇っていた。

山村は怒りながらも、
大西と美能を自宅に誘った。

「まあちゃん、これから、どうすりゃ、ええ」

大西としては残った三人で
ヤルと答えるほかなく、
美能はそれを聞いて当然、
大西に親をやらせる訳にはいかない、
という舞台だった。

美能の言葉尻に山村は飛びついた。

「ほうか、お前、やってくれるか。
 ウチで博をヤルいうたら、
  お前しか、おらんけん、のう」

山村は一人、首をひねったり、
眼をつぶったり
ため息をついたりしていたが
突然、大声をあげた。

「幸三、ワシャ、
  真面目に仕事やっとるんじゃが、
 このワシが土岡を殺ったるいうんじゃ。
 助けてくれい、この通りじゃ」

たまりかねたように大西が言った。

「もし、これが死刑になったから、いうて、
 ヤクザなら仕方ないですよ。
 早い話が土岡を殺る、いうた、ところで
 必ずしも殺るとは限らんのですし
 反対に殺られるかもしれん。
 ほいなら、死刑といっしょじゃないですか」

すると山村はそれまで、泣いていたとは思えない調子で「ほうか、ほうか」と表情を緩めた。

「ほいじゃ、幸三、殺ってくれい。その代わり 
 お前がもし、無期か二十年くらいの刑で
 出てきたときは、そのときはワシの全財産を
 みな、お前にやる。
 な、まあちゃん、これでどうじゃ」

山村の口利きで美能は大西の
拳銃を貰うことになった。

モーゼルのHSCオートマチック、
32口径、全長十五・七センチ。
重さ、僅か六百グラムという、
いかにも大西の好みらしい道具だった。

山村辰雄の策謀は頓挫しかける寸前で
なんの因果か、大西の舎弟、
美能が引き受けることになった。

もちろん、美能は土岡博になんの恨みもない。

美能は拳銃の軽さとは裏腹に
後悔という重い心を抱いて運命の日へと向かう
【68】

血染めの黙字録  評価

のほSEIL☆ (2023年07月24日 15時57分)

(十一)

悪魔のキューピー・大西政寛を核とした、
土岡組が進出したころ、
呉では、もうひとつの新勢力が萌芽していた。

山村辰雄を親分とする「山村組」である。

山村辰雄は明治三十六年生まれ。

大正十一年、十七歳で呉の「小早川組」の
盃を受け博徒になった。

昭和九年、大阪の浪速造船所で職工として
働きながら賭場出入りをしていたが、
昭和十九年、賭場のいざこざから
大阪を追い出され、故郷の呉に帰郷。


昭和二十一年三月、土木請負業
「山村組」の看板を挙げた。

当初は進駐軍の依頼による
材木運搬が中心だったが、
瀬戸内海の小島に投棄された
弾薬処理の下請けでひと財産をあてる。

要は実業家を表看板とする
戦後やくざの、走り、である。

若者頭は「人斬り哲」の異名を持つ
佐々木哲彦だったが
土岡組と違って、いわば、
元気がいい若者たちを寄せ集めた
「にわかヤクザ」であった。

すでに悪魔のキューピー、
大西正寛の名前は轟いており、
呉のヤクザは土岡組と聞くとシビれていた。

昭和二十三年が明けると呉に進出した土岡組は
大西政寛を中心に博徒としての勢力を拡大し、
その名は、広島はもとより、松山、下関まで響いていた。

大西の負けず嫌いはますます顕著になってゆく。

博打で負けることをまるで
「博徒失格」でもあるように認めず、
いざとなったらイカサマ札を駆使し
相手が気づいたそぶりを見せるや、
眉間をかすかに立て

「なにい、わしの札、見たいんか」

と、凄まじい気魄で睨みとった。

睨みとられた相手は元を取り返すべく、
大西の賭場に乗り込む。
胴元の大西がイカサマ札は使わないから、
結果、大西の賭場は繁盛する。

賭場を荒らして、自分の賭場に呼び込む。
これが大西流の勢力拡大図だった。

貯まった金は一斗 (十八リットル) 缶に
詰めて天井裏や、押入れに積み上げていた。

しかし、この絶頂も長くは続かなかった。

大西は当時傷害事件で拘置中に、
自ら割腹し事故保釈中だった。

つまり、大西の自由は「逃亡生活」と同じことだった。

「まあちゃん、ワシの金でよかったら、
 ええように使ってつかあさいよ」

山村辰雄は賭場で大西を見かけるたびに
猫なで声で話しかけた。

大西政寛は山村辰夫の太っ腹な
甘言にコロリと騙された。

土岡組は戦前からの博徒として、組の戒律は厳しい。

自分の賭場の揚がりからのテラ(上納金)も
繁盛すれば、するほど大きくなる。
それに比べてなんと鷹揚な親分だろうと大西は不思議に思った。

山村はさらに親密な素振りを見せる。

「まあちゃん、呉へ来たら、
 わしの事務所にも寄ってくんない。
 駅のすぐ、近くじゃ、なにかと便利じゃけんね」

大西の逃亡生活を知っていてこその、殺し文句である。

ある日、誘われるままに大西は
ぶらりと山村組の事務所を訪ねた。

折から、昼飯どきだったが、大西が驚いたのは
若い衆がみな、白米を食べていたことだった。

土岡組では幹部でも麦飯である。

折悪しく、山村辰雄は不在だったが、
そこは抜け目のない山村だった。
お詫びに、と山村の妻、邦香が
大西の妻、初子に観劇の誘いをした。

「あんた、どげんなもんでしょう。
 広島の芝居やし、観たい気持ちはあるんけど」

自分は逃亡生活ゆえ、自宅に長居はできない。
一人で寂しい思いをしている初子の慰めに、
と山村からの思いもかけない配慮だった。

「おう、行かしてもらえい。
 山村の親分には、わしがあとからよう、
礼を言うとくけん。姐さんによろしうな」

後日、改めて山村組を訪ねた大西を山村辰雄は歓待する。

土岡組と違ってここでは「マサ」よばわりする者は
いないし若い衆は悪魔のキューピーを目の前にして
礼の限りを尽くす。

大西は事務所の居心地の良さに
ついつい、何日かを過ごしてしまう。

山村の懐柔策はじわじわと
大西に忍び寄ってくる。
【67】

RE:THE  LAST  OF ...  評価

のほSEIL☆ (2023年07月24日 12時54分)


 やっと新しいPCが届いた。
  OSを一新したので、やはり気持ちE
 
      檀家のみなさん、お待たせしました。

    連載、再開いたします。
【66】

RE:THE  LAST  OF ...  評価

のほSEIL☆ (2023年07月22日 20時44分)

ヘアネロさん
ようこそ、墓場へ!

いまや、執筆部屋から
単なる掛け合い部屋に
成り下がっておりますが
舎弟分への祝辞、ありがとうございます!

まあ、人生の折り返しを
迎えたからには、喜んでばかりも…
かも知れんですが
ここは、御気遣い 、兄弟ありがたく頂戴。

それにしても、ピワド名士のリストでも
お作りになっているのでしょうか
節目ごとのお顔出しには、
いつも敬服しております。

老い先短い部屋ですが
今後もお引き立て、
よろしくお願いいたします(*・ω・)*_ _)ペコリ
【65】

RE:THE  LAST  OF ...  評価

五右衛門座衛門 (2023年07月20日 08時19分)

取り急ぎ!
神ネロさん、いつもありがとうございます!

ズラ=スベる?! 嫌だー笑

ハゲあがるのは頭だけにしたいと思います(*´-`)
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