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【54】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月10日 21時28分)

【別 れ】

「ほうじゃのう。そんときの大西の気持ち、ゆうんは
 本人以外、分からんよ、のう。
因縁のあや、いうんか、のう。
自分がやらないかん、土岡の刺客を舎弟の美能がつとめ
その報復に乗り込んできたんが、小さいときから可愛がってきた
守之じゃ。
極道社会ならではの、理不尽な巡りあわせよ、のう。
しかし、考えようによっては、これほど<筋>を通してきた弟分を二人もって
大西は嬉しかったんじゃあ、あるまいか」


波谷は、右手を腹巻の中に入れ、道具をしっかりと握り締めた。
囲んだ者たちも、隠れた手が微妙に動く。

波谷は全員を睨み回しながら言った。

「どうして、うちの親分を撃ったか、わけを聞かせい!」

数秒の沈黙が流れた。波谷は腹に力を込めて低く言った。

「あんたら、わしを撃つんなら、撃ちないよ。
 その代わり、一発だけ、わしも撃たして貰うぜ」

波谷は覚悟を決めてきたのだ。山村を殺れないばかりか、なにもせずに
殺られることはない。二人や三人は道連れにしてやる。

その思いが普段は無口な波谷にタンカを切らせていた。
張り詰めた空気の中で誰もがぴくりとも動かない。

「どうない」

波谷は道具を握り締めたまま、改めて大西の眼を見つめると、意を決したように言った。

「みんな、うちの親分には、可愛がって貰うたんじゃろう。
 それが、いったい、どんなつもり、ない」

大西が土岡を裏切っていることは、二階にあがって初めてわかったことだった。
波谷は大西への視線を動かさず、続けて言いたい放題、ののしった。

「山村は本当におらんのじゃ。喧嘩してもなんじゃけん
 今夜のところは、のう」

最年長の顧問・谷岡千代松が間合いをはかったように、口を開き
大西がゆっくりとうなずいた。張り詰めていた空気が緩んだ。

大西が先に階段を下り、波谷がそれに続く。
あとを数人がついてきた。

生きて帰ろうと思わなかった暗い路地を波谷は大西と肩を並べて歩いた。
言いたいことはあったが、言葉にならなかった。
それより、山村を殺れなかった口惜しさが募った。

大西にしてもあり余る感情は言葉にならなかったのだろう。
なにを言っても弁解になるし、死ぬ覚悟できた波谷の行動を誉めてやりたくとも
相反する立場がそれを許さなかった。

お互いの想念が絡み合うように歩きながら、
二人はやがて、灯りがともる電車通りへと出た。

「守之・・・」   大西がぽつりと言った。

「守之、幸三をどう思うとるんじゃ。会うたらどうすんない」

「そりゃ、兄やん、山村が一番じゃが、美能と会えるもんなら訪ねていかにゃ
しようがないじゃない。それより、兄やん、山村じゃ」

波谷はずっとこらえていたものを吐き出すように言った。
義兄弟とはいえ、やはり親の仇だった。会えば勝負するまでである。

大西がじっと波谷の眼を見た。

「わかった守之。なんも、持って帰らす土産はないけん、今夜のところは
 帰っちょけ。あした、わしが阿賀へ行って話しするけんのう」

「ほんな、そうします。明日、来てくんないよ」

波谷は大西の眼をしばらく見返してから、
くるりと背を向けると電車通りを横切って行った。

それがこの世での大西政寛と波谷守之の別れになった。


昭和二十四年、九月二十七日。


大西政寛、美能幸三、波谷守之。

        それぞれの男たちの長い一日が暮れていった。
【53】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月10日 21時25分)


【殴りこみ】

波谷(はたに)守之は阿賀で、その第一報を聞いた。

車で通りかかった土岡組の幹部が叫んだ

「守之、幸三が親分を撃ったど!」

走り去る車を見つめながら、波谷は呆然と立ち尽くしていた。
周囲の全てが色褪せ、やがて、暗黒の世界にひきずりこまれていく。

親分が殺された。
しかも殺ったのが、義兄弟分の美能幸三・・・
ほかのもんじゃなく、なんで、美能が・・・

二つのショックが同時に波谷の全身を駆け巡っていた。

親分が、なんで、美能が・・・・こうしては、いられない・・・

数瞬の間、凍りついたようになっていた心臓は
その反動のように全身に大量の血を送り出していた。

波谷はすぐさま土岡組の事務所に向かった。

親分が殺られたんなら、相手の親分を殺らな、しようがないじゃないか。

山村を殺って、親分と一緒に死んでやろうじゃないか。

事務所では組員全員が広島へ行く支度をしていた。

トラックが用意され、誰もが興奮を抑えきれぬように、慌しく動いていた。

「守之、お前も早う、支度せい」
「早う、親分のところへ行くんじゃ」

トラックのエンジン音を聞きながら、波谷は誰の声にも耳を貸さなかった。

「死んだ者のところへ行って、なんになるんじゃ。
 一番は仇を討つことじゃないか」

土岡博の生死は知らされておらず、波谷は親分が死んだものと思い込んでいた。

また、弾が急所を外れていた、と知ったとしても、思いは同じであったろう。

波谷守之は道具を腹巻へしっかりと差し込むと、
去ってゆくトラックを見向きもせずに地下足袋で
一歩一歩、踏みしめるように山村辰雄の自宅に向かって歩いた。

会えるか、会えんか、
とにかく姿をみて、一発撃てたらいい、
十九歳の波谷の思いはその一点だった。

覚悟という重しを乗せて、ヒタヒタと鳴る地下足袋の足音が目的地へと進む。

「山村、おるの、出せい!」

山村の家に入るなり、波谷は低く、叫んだ。

山村組もすでに土岡組の殴りこみに備える態勢を整えていた。

「誰じゃっ!」

ドドッと足音がして二階へ通じる階段の途中まで、数人の男が降りてきた。

「波谷守之です」

「一人か」

波谷は黙って相手を睨み返した。
そのとき、二階から声が降ってきた。

「守之、お前、来たんか。来る思うた。まあ、上がれい」

紛れもなく、大西政寛の声だった。

兄やんが、なんでここにおるんない、
という不審を抱きながら波谷は二階に上がった。

そこには大西を中心に七、八人の男がいた。

「山村を出せい」

波谷の言葉を大西がどんな思いで聞いたのか、想像に難くない。

このあと、大西はひと言も口を挟まないのだ。

「おらん、留守じゃ」

「おるじゃろう、出せい」

「おらん言うたら、おらん!」

全員が波谷を取り囲んだ。

静まりかえった部屋の空気が揺れ、畳をこするような足音が響く。

波谷守之は腹巻に手を差し入れ、道具をしっかりと握り締めた。
【52】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月10日 17時26分)

【非 道】

ヤクザの世界で喧嘩(でいり)はつきものである。

そして、互いに命を狙うヤクザの世界では
相手を傷つけるより殺すほうが、話がこじれない。
死んだものは生き返らないからである。

ヤクザの喧嘩とは一種の様式化された美学でもあるのだ。
一撃にして相手を倒す。そのあとに必ず仲裁が入る。

仲裁人は喧嘩の原因を双方から聴取し、理非曲直をただす。
喧嘩すべき理由があれば、この一撃はやむを得なかったことだと、
喧嘩の正当性が、この稼業では認められる。

裁定に服さない場合は仲裁人の顔に泥を塗ったということで、
仲裁人自身も敵に回すことに陥るので、
たいていはこの裁定に服し、平和は回復される。

攻撃を受けた側には相応の賠償金も支払われ、
仲裁人も利害にとらわれず
公平な裁きを期待されるのである。

山村辰雄は美能幸三を鉄砲玉として飛ばしたが、
土岡博は一命をとりとめた。
こうなると、事態はすっきりしない。

土岡博が復讐を呼号すれば、精鋭な土岡組の面々は山村辰雄の命を狙うことになる。
仲裁が入るスキもなく、喧嘩は全面戦争にエスカレートする可能性がある。

山村辰雄はそれを怖れたのである。
美能幸三が警察に自首したところで、喧嘩の解決にはならない。

土岡博が死ねば、首領を失った土岡組は統率力を欠き、
そのうち仲裁が出て事態は収束に向かうだろう。

だが、土岡博は生きている。これが危険な兆候なのだ。
ここは、早いところもう一度襲って、土岡博の息の根を止めねばならない。

「土岡博を殺れなかった責任をとって、もう一度狙え」
と山村辰雄は美能幸三に迫った。

しかし、美能幸三はヤクザの筋として、親分の命令に従っただけで
人を殺して楽しむ殺人鬼ではない。

土岡博を狙撃し、血にまみれた姿が脳裏にこびりついていた。

恩をうけたことさえあれ、なんの恨みもない土岡を
もう一度狙うなど、実際、二度とごめんだった。

最初は土岡博を殺れば、全財産をやると言い、今度はもう一度やって自決しろ、という。

美能幸三は山村辰雄の顔をつくづくと眺めた。

なにか、大切なものが欠けている。
それはヤクザとはいえ、親分、子分の間の信頼と誠実さであった。

極道というのは人間のクズだ。
だが、クズはクズなりに、極道は極道なりに、誇りもある。

それは筋を通すということだ。
無法はすれど、非道はせず、という誇りである。
美能幸三は山村辰雄に心から失望していた。

もし、時計の針が逆回転してくれるのであれば、
自分は二度と土岡博に向かって引き金は引かない。
土岡博が倒れ、いま、山村辰雄が眼の前にいることが夢であってほしい、と念じた。
【51】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月09日 13時59分)

【宣 告】

美能幸三は土岡博暗殺の鉄砲玉として「飛んだ」

身を寄せていた広島市「岡組」の道場(賭場)近くで土岡ら二人を狙撃した美能は
警察の手を逃れ、なんとか、知人の家に潜りこんだ。

「あっちに行った、あっちに行った」
という、警察官らの声を聞きながら、
心身ともに疲れきっていた美能はいつしか寝入っていた。

「ここへ来とったんか、兄弟」という男の声で目覚めた。
岡組の舎弟である。

「おう、すまんのう。おい、あれからどうなった」

「土岡か。すぐ、病院に運ばれたが医者は助からん、言いよったど。
 弾が、のう、腹から入って背骨のところで停まっとるわい。
 おそらく、今晩、もつか、もたんか、やど」

「ほうか」
美能はとりあえず、自分の役目は果たした、と思うと全身の力が抜けた。

「連れの男は顔にかすり傷じゃ。そりゃ、ええが
 服部武(後の山村組幹部)よのう。土岡の叔父貴に悪い、言うて
 指をつめたど」

美能は早くもヤクザ社会に複雑な渦が巻き起こっているのを感じた。

男の手引きで呉に戻ると、大西政寛が待っていた。

「幸三・・・」と、一声かけると大西は美能を隠れ家に案内した。

「お前のう、ここで、待っとれい。そのうち、親分が来るけん」

大西にしてみれば「よく、やってくれた」と言いたかった。
いわば、自分の身代わりを買ってでての襲撃である。

逮捕されればそれこそ長期刑はもちろん、死刑も覚悟しなければならない。

しかし、その報酬として山村は全財産をやる、と明言していた。
ここは、親分の山村にまず、第一にねぎらいの言葉をかけてもらうべきだ、
と大西は考えていた。

美能幸三が隠れ家に入ったことを聞かされながら
山村辰雄は、もうひとつの報告を苛立ちながら待っていた。

それは土岡博の死であり、さもなくば、危篤、絶望の報だった。
しかし、夜九時にを過ぎて入った報告は逆に山村を絶望の淵に追いやった。

土岡は一命をとりとめたばかりか、弾は急所を外れており摘出すれば
明日にでも、地元の阿賀に帰れる、という。

山村は電話器を叩きつけると、そのまま、美能の隠れ家へと急いだ。

心中は不安と怒りが交錯していた。
不安は土岡組の報復であり、怒りはその原因を作った狙撃者である。

山村が営々として描いてきた絵図は今や崩壊した。

山村は二階にあがるのももどかしく、開口一番、美能幸三に怒りをぶつけた。

「お前、へたをやってくれたのう。博は生きとるど。博は。
 なんで、お前はトドメをささんかったかい。
なんか、お前は、一発撃って、あとは見向きもせんで
逃げてきおったんか」

美能幸三にしてみれば、思いもかけない親分からの言葉だった。
ヤクザとして親分のために、なんの恨みもない人を殺るべく
精一杯の努力をしたのに、頭ごなしに罵られる。
こんな理不尽なことがあろうか。

「ま、なんにしても、お前がやったことじゃけん、お前が責任をとれよ」

美能は唇をかんだ。いったい、自分はなんのために土岡さんを撃ったのだろうか。
もう、思い出したくもない、白昼の狙撃現場が脳裏にちらついた。

「わかりました。警察に自首します」

すると、山村は美能の顔をのぞきこんで言った。

「それもええが、お前、それより、ずうっと男になれる方法を教えちゃろうか」

「・・・・」

「お前、岡のところの山上の話、知っとろうが」

山上というのは岡組の若者で対立する組織の二人を射殺し、
警察に追われ、自決した広島ヤクザの鑑といわれた男である。

「お前もそうせい、も、一遍、やってよ。
それで死んだらお前もええ男じゃったと言われるし、
ワシはワシでええ、若衆を連れたとほめられる。
お互いにええ、じゃないか」

美能幸三にすれば、思いもかけない、宣告であった。
【50】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月08日 17時28分)

【狙 撃】

昭和二十四年、九月二十七日。

ヒロポンでもうろうとしていた美能幸三は午前十時になって、やっと起き上がった。

ぶらぶらと広島駅前の岡道場(岡組の賭場)まで歩き、中に入ろうとしたところ
電車通りの方から土岡博が若者二人を連れて歩いてくるのに気づいた。

錯覚ではないか?と眼をこすってみた。

間違いなく、標的の土岡だった。
美能はとたんに動悸が打ちだした。

懐の拳銃に手を忍ばせたところで、急激な不安感に襲われた。

出かける前、岡組の知り合いが
「ちょっと、道具を見せてくれ」
といって弾を出したり入れたりしていたのを思い出したのである。
もし、32口径弾が下の方に入っていたら役には立たない。

拳銃を確認する間もなく、
土岡の方が美能に気づき、声をかけてきた。

「おう、幸三か。どうしたんない、お前。えらい痩せとるが」

動揺を隠して美能は聞いた。

「はあ。そりゃ、ま、なんですが。おじさん、今日はずーっと
 こっちにおられって、ですか」

「いやいや、これからすぐ下(しも)へ、くだるんじゃ。
 連れの者といっしょに駅におったんじゃが、
汽車がくるまでにまだ、だいぶ、間があって
退屈なけん、ちょっと寄りに来ただけじゃ」

「あ、ほう、ですか」

「そりゃ、ええが、お前いうとったるが、ポンだきゃ、やめな、つまらんど
 わしも打ちよって、えらい目に会うたんじゃけん。
ま、体には気ぃ、つけよ」

そう言うと、土岡博はさっさと賭場へと入っていった。

美能は土岡を見送ると、早速、賭場の向かい側の洋品店へ入った。

道具を改めて見ると、案の定、弾が混じっていたので32口径弾を上に装填し直した。
殺ったらすぐ逃げるための車を呼び、待たせていたが、土岡はなかなか出てこない。

そこへ岡組の舎弟分の男が来て、美能に言った。

「兄貴、あんた、どうしても、殺らなあかんの。
 ほうやったら、ワシにやらしてつかあさい」

美能は断り、代わりにその男を車に乗せ、「今から、土岡を殺るけん」
という、言づてを預けて、山村のところへ使いにやった

そして、すぐ近くの顔見知りの男の家から無断でコルトの38口径を持ち出した。

「よっしゃ、この二丁が、ありゃ」

美能幸三は、洋品店内で腹這いになり、
タンスの鏡越しに賭場の入り口を見張った。

まもなく、女が一人出てきた。

賭場の中に向かって「おらん、おらん」と言ったのがはっきりと聞こえた。

土岡は、やはり、美能を刺客として警戒していたのだ。

やがて男が一人でてきて、道路の左右を警戒するように走り回った。
直後に土岡が賭場から走りで出てきた。

美能幸三は飛び起き、両手に拳銃を持ち、土岡博を追いかけた。

「叔父さん、往生してくれい!」

声をかけるや、振り返った土岡ともう一人の男に向かって
二丁拳銃の引き金を引いた。

バン!と音がして二人はひっくりかえった。

土岡博は右手をあげ、拳銃を制止して
「おい、幸三、待て、話しゃ、わかる」と言った。

とどめを刺そうとしていた美能の胸が疼いた。

なんのためにこの人を殺すのか。

だが、もう後へは引けなかった。

土岡の連れの男は顔面、血だらけになりながら
美能幸三に向かってきた。

「往生せい!」

美能は再度、引き金を引いた。だが、弾は出なかった。
ガチャガチャと引き金をひけど、弾は一向に出てこない。

広島駅前の繁華街である。
早くも警官を乗せたトラックが走ってくるのが見えた。

美能幸三は万事休した。こうなれば逃げるほかない。
拳銃を投げ捨てるとヤジ馬にまぎれて全力で走り出した。
【49】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月07日 21時41分)

【刺 客】

山村辰雄が大西政寛を懐柔して土岡博を暗殺する、
という謀略は頓挫しかかったが、
大西の舎弟、美能幸三が刺客を買ってでるという、
思わぬ展開となった。

美能が大西から受け取ったモーゼルの
HSCオートマチック32口径の拳銃は
銃把がウォールナットの木で覆われ
グリップの下からマガジンが装填される。
装弾は八発である。

しかし、美能がこの銃を受け取ったとき、
弾倉には三弾しかなかった。

美能はこのうち、一弾を試射してみた。

弾丸には威力があったが、残りは二弾となった。
これでは心もとない。

美能幸三はあちこち、弾を探して歩いた。

しかし、コルトやブローニングに使う45口径弾や38口径弾はあるが、
32口径弾がなかなか、見つからなかった。

拳銃の口径というのは、銃口の直径のことである。

米英ではインチを単位にしているので
例えば45口径拳銃というのは
百分の四十五インチの口径となる。

1インチは約25.4ミリだから45口径とは
銃口の直径11.4ミリの大型拳銃のことである。

標準ライフルが7.7ミリ弾を使うから拳銃の弾丸がいかに大きいかが、わかる。

モーゼルHSC、32口径は銃口の直径は8ミリである。
この弾が手に入らなかったのだ。

22口径弾ならあったが、これは小さすぎる。

だが、捨てるのはもったいないと
弾倉の32口径弾の下に22口径弾を詰め込んだ。

しかし、二発の本物は大丈夫としても22口径弾が
まともに飛ぶとは思えなかった。

もうひとつ、美能幸三が気がかりだったのは、
身を寄せている広島の「岡組」でたいていの者が、
彼が土岡博を狙っていると知っていたことだった。

土岡博暗殺を美能幸三が引き受けると、
山村辰雄は言った。

「殺ってもらうとして、なんじゃ、
これから博のことを『荷物』いう暗号にせんかい。
そうすりゃ、なんじゃないか。

荷物をどこへ送ったじゃの、
あす、そっちへ着くけん、
言うときゃ、よかろうが。
のう、そう、思わんか」

メールはおろか、携帯電話もない時代である。


翌日から美能が身を寄せている広島の岡組事務所に、
山村から頻繁に電話がかかってくるようになった。

そのたびに美能はでかけるが、
なんせ、電話がかかってきてからでは、
いつも、土岡博をとり逃がした。

岡組の連中がこれに気づかないわけがなかった。

山村からは「やる気がないんか」と邪推した小言さえ伝わってくる。

美能はただでさえ、なんの恨み、つらみもない土岡暗殺という重い宿命を抱え込んで
ノイローゼ気味になり、ヒロポンを打ち始めた。
【48】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月07日 15時22分)


【因 果】

昭和二十四年七月も終わろうとしていた暑い夏の夜だった。

馴染みの女との逢引のため、呉に戻っていた美能幸三は山村組事務所に呼び出された。
事務所の二階で大西政寛は五人の男に声をひそめて話していた。

「あいつら、蚊帳(かや)を吊って寝とるんじゃ。ほいじゃけん、入ったらまず
 蚊帳の吊り手を斬れい。そうすりゃ、どこん人間がおるか分かろうが。
 そこを片っ端から斬って、斬って、斬りまくれい。
 ええな、やったら、すぐに舟に戻るんじゃ」

それは土岡博の暗殺計画だった。

大西の情報ではその夜、土岡博らは江田島・高須の海水浴場のバンガローで
一泊するという。
中には天井の四隅から蚊よけの蚊帳が吊ってある。
吊り手を斬ればふわっ、と落ちた蚊帳は
人の寝ている形を自然に浮かび上がらせるうえ、中の人間は身動きができなくなる。
そこをめった斬りにするという計画なのだ。

舟はエンジンの付いた漁船を手配済みで、奇襲をかけたあとはさっと引き揚げれば
犯人も分からない、という絵図である。

大西は一同に集合時間の念を押し、山村辰雄の自宅へ報告に向かった。
「幸三、お前はどうするんない」

大西の問いに断るかけにもいかず、その夜のあてもないことから美能はそのまま、事務所にとどまった。
しかし、集合時間になって戻ってきたのは一人だけだった。

山村辰雄は怒った。もちろん計画は中止である。
美能幸三は半ば、安堵の気持ちが強かったが、大西の表情は曇っていた。

山村は怒りながらも、大西と美能を自宅に誘った。
怒りを冷ますため、一風呂浴びると、床の間に座って二人へビールをすすめながら
ため息をついた。

「まあちゃん、これから、どうすりゃ、ええ」

大西としては残った三人でヤルと答えるほかなく、美能はそれを聞いて大西にやらせる訳にはいかない、という舞台だった。

美能の言葉尻に山村は飛びついた。

「ほうか、お前、やってくれるか。じゃがなんよ。
お前には前がおるんじゃけん、下手したら死刑じゃ。のう。
そう、思うたら、お前にはやらされんよう。
そうかいうて、ウチで博をヤルいうたら、お前しか、おらんけん、のう」

山村は一人、首をひねったり、眼をつぶったり、ため息をついたりしていたが
突然、大声をあげた。

「幸三、ワシャ、真面目に仕事やっとるんじゃが、
このワシが土岡を殺ったるいうんじゃ。助けてくれい、この通りじゃ」

山村は美能の手を握ってオイオイと泣き出した。
美能は四十七歳になる山村辰雄の田舎芝居になかば呆れながら、大西を見た。

たまりかねたように大西が言った。

「もし、これが死刑になったから、いうてヤクザなら仕方ないですよ。
 早い話が土岡を殺る、いうたところで必ずしも殺るとは限らんのですし。
反対に殺られるかもしれん。
ほいなら、死刑といっしょじゃないですか。同じ死ぬんですけん」

すると山村はそれまで、泣いていたとは思えない調子で
「ほうか、ほうか」と表情を緩めた。

「ほいじゃ、幸三、殺ってくれい。その代わりお前がもし、無期か二十年くらいの刑で出てきたときは、そのときはワシの全財産をみな、お前にやる。
 な、まあちゃん、これでどうじゃ」

山村の口利きで美能は大西の拳銃を貰うことになった。

モーゼルのHSCオートマチック、32口径、全長十五・七センチ
重さ、僅か六百グラムという、いかにも大西の好みらしい道具だった。
山村辰雄の策謀は頓挫しかける寸前でなんの因果か、
大西の舎弟、美能が引き受けることになった。

もちろん、美能は土岡博になんの恨みもない。

美能は拳銃の軽さとは裏腹に
後悔という重い心を抱いて運命の日へと向かう
【47】

RE:仁義の墓場  評価

五右衛門座衛門 (2014年02月06日 21時13分)

トントン・・・




スッ・・・




・・・様・・・




笑う犬様。(ポソっ




1読書として、1日ぐらい待つことは屁でもない旨、残して起きまする。。




では失礼しました・・・。





サッ。





・・・スッ。
【46】

〜インターミッション〜  評価

野歩the犬 (2014年02月06日 20時40分)


■ROM専のみなさま(←誰やねん!)

 自宅ノートPCが外付けHDを認識せず
 本日分のアップが、不能の状態です。


 一日、猶予をいただきます。

 悪しからず


 野歩THe犬 拝
【45】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月05日 21時38分)

【変 心】

「ほんまじゃのう。
 なんで大西が山村さんについてしまったんか。

 それが悪魔のキューピー、生涯の謎じゃけんの。

 しかしの、
 大西が金に執着しだしたことを見抜いたんは、
 ある意味
 山村さんの慧眼なんじゃ。

 考えてもみい。
 臭い飯を食わんためには警官も撃たな、
 いけんと言うとった大西じゃ。

 逃げい、逃げい、は一生つきまとうかもしれんのよ。
 そげいな時に頼りになるのは金じゃ。

 山村さんはそこをついた。

 いや、はしこい」

昭和二十四年六月ごろになると大西は山村組の「客分」として
すっかり呉に居ついてしまう。

山村辰雄は組事務所裏に一軒家を借り、
初子を招いて同居させた。

「これも人の噂じゃが、山村さんが大西を取り込んだ
 切り札に使ったんは
  うちに来れば、警察とも話をつける、
  と言うとったらしいんよ。

 まあ、山村さんは博徒の土岡組と違って
  市内のいろんな事業の理事をしとって
 警察にも顔が利いたんは確かじゃ。

  実際、それまで尾道やら、福山やら
  逃げまわっとった大西が居ついてしまうんじゃけん
  そうも、見えるわな」

大西は字が読めなかったため、
広島から出ることを極度に嫌った。

不自由な逃亡がひと段落して、心にはすっかり隙ができていた。

その時期、山村組の若頭、佐々木哲彦は市議会の議長選挙の裏工作のため
議員を拉致、監禁した事件で拘留された。

山村の差し金で冷や飯を食わされた
佐々木はふてくされ、
釈放されてからもヒロポンに溺れ、中毒が進んでいた。

今や大西は佐々木に代わって、山村組の若頭の地位にあった。

山村辰雄の策謀は仕上げに入った。


山村は大西にそれまでの親分である土岡博がいかにだらしないか、
腹黒く、山村謀殺を狙っているかを
涙と怒りの迫真の演技で、縷々説明した。

「大西にはのう、免疫がなかったんじゃ、と思う。
 カシメ時代の向井さん、
 守之の叔父さんの波谷さん、
 土岡博さん、
 みんな、心は、一本気で
 策謀家、みたいな人を知らんできた。

 大西は死ぬ一月前まで、山村さんを疑うて、
 なかったろう、思う」

それは悪魔のキューピーが本当の悪魔に魅入られたとき、といえようか。

大西政寛はついに、自分の親分である土岡博、抹殺のハラを固めてしまう。
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