| トップページ | P-WORLDとは | ご利用案内 | 会社案内 |
返信元の記事
【37】

RE:カンパチ・ベルガーZX

カンパチ (2015年09月14日 22時56分)
【34】の≪続き≫


>『第14章』  退職者−2


役人は、昔、自分が、

もうろくした老人や、無能な人間たちをさんざん非難して、

連中のおかげで若い人たちが役人になれなくて困っていると毒づいたことを、

すっかり忘れてしまう。



大臣や人事院の総裁に陳情に出かけ、

泣き落としを使って、

ちょうど、死刑囚が護送車にしがみつくように、

自分の肘掛椅子にしがみつく。


だが、ついに退職しなければならぬ日がやってくる。


自分の書類箱、この部屋の空気、この書類の山、

どれもこれも、

ある時は嫌悪し、ある時は熱愛したものばかりだ。


いよいよこいつらともお別れだ。


「あんな亭主に一日中家にいられたら、あたしはどうなっちゃうのかしら」

と男の女房はため息を漏らす。


「一体、どうやってあの人に暇をつぶさせたらいいんだろう。

 細かいことにやけにうるさい人だし、何にでも手を出したがる人だから。

 おまけに神経質で変人ときてるのよ!」


女房の友達がいさめると、


「そんなこと言うけど、アンタはあの人を知らないのよ!」

と答える。


「とにかく、あの人は頭に何か詰め込んでおいてやらなくちゃいけない人間だから。

 それでもしばらくは、退職年金の計算かなんかで気がまぎれるでしょう。

 でも、そのあとは?」


一般に、55歳の女が、65歳の男を楽しませる術をいろいろと知っているなどということはめったにない。

そこで夫婦は、目を、

パッシー、ベルヴィル、パンタン、サン=ジェルマン、ヴェルサイユなどの、

郊外の村に向けることになる。


引退した役人は、疲れを知らぬ新聞の読み手となる。

題字から発行人の名前まで、すべてに目を通し、

広告を仔細に検討する。


これで3時間はつぶれる。


それから散歩に出かけ、やっとのことで夕食にたどり着く。


だが、いったん夕食まで来てしまえば、あとはもう安心。

晩には、トランプをしたり、人の家にお呼ばれしたりする。


引退した役人の多くは釣りに熱中する。

そういえば、これは役所の仕事とよく似たところがある。


中には、性格のあまりよくない連中もいて、

株に手を出したりするが、たいていは元手を失う。

だが、この連中はどこかの企業に再就職の口を見つけてくる。


引退して村の村長や助役になる者もいる。

彼らは、こうして、従来の役人的態度を続けることができるわけである。



≪続く≫ 

■ 318件の投稿があります。
32  31  30  29  28  27  26  25  24  23  22  21  20  19  18  17  16  15  14  13  12  11  10  9  8  7  6  5  4  3  2  1 
【41】

RE:カンパチ・ベルガーZX  評価

カンパチ (2015年09月17日 19時50分)

【37】の続き

>『第14章』  退職者−3


引退した役人は皆、身についてしまった生活習慣から抜け出すのに、たいそう苦労する。

倦怠にむしばまれる者も出てくる。

戻ってくる回状が死ぬほど懐かしくなる。


サナダ虫に悩まされるのではなく、

主人のいない書類箱に苦しめられる。

青い縁取りをした白い書類箱を見たりすると目頭が熱くなる。


引退した役人の死亡率は異常に高い。

「おい、あの○○のおっさん死んじゃったんだってさ」

こんな言葉がよく役所の中に響き渡る。


そこには何の憐みも感じられない。

返ってくる答えも

「へえ〜」とか「あっそう、寿命だな」といったものに過ぎない。


時には個人の人物評がこんな風にかわされることもある。

「とにかく変わった人間だったな!」

「ほんとにな」


「知ってるかい、あのおっさん、ずっと日記をつけてたんだってさ。

 帽子を買ったことや物乞いに1スーやったことも書いてあるんだそうだ。

 それどころか・・・までつけていたんだって」

「まさか!」

「いや、ほんと。カレンダーのその日に丸をつけてたらしいぜ」

「うそだろう!」

「やつの女房から聞いたんだから」

「妙に生々しいね」

と役所のおどけ者は言う。


あるいはこんな調子。

「あのおっさん、ストーブの中に薪をくべるのがめちゃくちゃ好きだったなあ。

 おかげで、こっちは熱くて熱くて、どうかなりそうだったよ。

 きっと腹の中に冬を抱え込んでいたんだろうな。


 ある朝、入ってくるなり『母が亡くなりましてね』って言ったんだけど、

 その言い方がまるで『このライ麦パンを買ったんです』と言う時とまるっきし同じなんだな。

 あれにはまいったよ。


 なんかいつも眠っていたね。

 仕事中に居眠りしててもペンを離さないで、

 紙の上に点々を書いていたっけな」


あるいはまた、

「あのおっさん、なかなかのくわせ者だったな。

 1年のうち4か月は煎じ薬を飲んでいたけど、

 さぞや面白くないことがたくさんあったんだろうな」


「どっかの田舎女に搾り取られて死んじまったらしいぜ、あの悪党。

 実に退屈なやつだったな。

 ヤツの接客日に出かけると、『何かあなたのお役に立てることでも?』なんて、

 全く気持ちの悪いぐらいに親切だったぜ」


≪終わり≫


この、文豪バルザックによる、

退職した役人の描写を、

批判、と取るか、同情と取るか、

あるいは、「人の一生なんて、大体こんなもんだ」と思うか。


人それぞれ、です。
32  31  30  29  28  27  26  25  24  23  22  21  20  19  18  17  16  15  14  13  12  11  10  9  8  7  6  5  4  3  2  1 
メンバー登録 | プロフィール編集 | 利用規約 | 違反投稿を見付けたら