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【421】

「かぐや姫」の真実に迫る。

昭和太郎 (2022年02月05日 17時24分)
 
父娘の確執が明らかになった、あの大手高級家具店。「家具屋の娘、かぐや姫」と某経済ジャーナリストが言ってましたが。

かぐや姫の話は実は宇宙人絡みである、そんな記事をかなり前に何かで見た気がします。伝説やらお伽話やらというものは、荒唐無稽な内容も多いからでしょうか。

かぐや姫のストーリーを再確認すべくググッてみたところ、私の記憶は大筋で合っていました。
著者により細かな箇所に違いがあるのは、原文を現代語に訳すからでしょうか。絵本の表現も同様に微妙な相違点がありますね。

ただ、静岡県では、月ではなく富士山に還った天女という話もあるそうで、これは翻訳の差ではなく別説が存在するということなのか。
そもそも、原作者は不明とされているそうです。伝聞と加筆修正が加えられ続けた結果が今に残る形であり、全く異なる話だったのかもしれません。


あらすじとしては、こんな感じ。

竹取りを生業とする爺様が竹林に光る竹を見つけ、切ると小さな女の子が入っていた。
爺様は「これは神様からの授かりものに違いない」と家に連れ帰り、喜ぶ婆様と共に「かぐや姫」と名付けて育てることに。

それからは爺様が竹林に行くたびに金色に光る竹があり、その中に入っている金(きん)で富を得た。
かぐや姫はあっという間(三か月という説が有力)に年頃の美しい娘に成長する。

その噂を聞きつけた権力者たちが次々と求婚に訪れたが、彼女は彼らに困難な課題を出し「クリア出来たら応じる」と、半ば諦めるように仕向けた。

ある日かぐや姫が月を見ながら泣いているので、爺様たちが訳を尋ねると、
「実は私は月の都の者なのです。十五夜に月から使者が迎えに来るので、おいとましなければなりません」と打ち明けた。

爺様はその日にお侍たちを動員し、かぐや姫を護ろうとしたのだが、使者が現れるとお侍たちは皆動けなくなってしまった。
かぐや姫は爺様に「命の袋」を渡して別れを告げ、使者に連れられ月の都へ帰って行った。

爺様は「かぐや姫がいないのに長生きしても仕方ない」と、その「命の袋」を燃やしてしまった。


こうしてみると、最後が切ないですね。

今の子供にこの話を聞かせたら、どんな反応があるんだろう???

しかーし!
もう、ツッコミたくてウズウズしちまう点ばっかりじゃん!(*´Д`*)

コレを基にしたギャグマンガがあってもよさそう。
 

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RE:「かぐや姫」の真実に迫る。  評価

ちょい不良オヤジ (2022年02月05日 20時47分)

かぐや姫伝説についてですが、
『竹取物語』には、かぐや姫に求婚する五人の求婚者が出てきます。
平安・鎌倉・室町・江戸時代に、平安時代初期に書かれた『竹取物語』を真似して書かれた類似本は、実に沢山あります。
しかし、この五人の求婚者の官職・名前がはっきり書かれているのは、『竹取物語』だけです。
この名前の人物(石作皇子・車持皇子・右大臣阿倍御主人・大納言大伴御行・中納言石上麻呂足)の名前から、加納諸平という学者が江戸時代末期に『竹取物語考』と言う本で、この五人は奈良時代の「壬申の乱」に関係のある人物の名前であると、実証しています。
この事実をもう一歩深く突き進んで考えると、五人の求婚者の名前から壬申の乱(六七二)と関係ある人とすると、『竹取物語』に書かれた五人の求婚者が住んでいたところは、当時、都のあった飛鳥京か藤原京となります。
交通機関の発達した現在なら大阪・京都への毎日の通勤・通学も十分可能ですが、奈良時代に摂津・山城の人が、飛鳥京か藤原京のある大和国へ毎日通うことは不可能で、五人の求婚者とかぐや姫の出来事は、やはり大和国であることは間違いありません。
そこで、奈良県広陵町には、百済の世子が飛鳥を追われ、住んでいたので、百済と言う地名があり、ここにかぐや姫がいたらしいです。
想像ですが、その時は高句麗が大和の国を治めていたと思う。
三足烏=八咫烏である。
那智山から八咫烏は初代神武天皇を熊野から現在の奈良へ導くために遣わされ、神武天皇はその地に最初の都を開きました。
那智山にはなぜか七福神が祀られている。
八咫烏はサッカー協会のシンボルマークだが、詳細は知らんよ。
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