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【44】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月05日 17時11分)

【懐 柔】

「まあちゃん、ワシの金でよかったら、ええように使ってつかあさいよ」

山村辰雄は賭場で大西を見かけるたびに猫なで声で話しかけた。

大西は太っ腹なその言葉にコロリと騙された。

土岡組は戦前からの博徒として、組の戒律は厳しい。

自分の賭場の揚がりからのテラ(上納金)も繁盛すれば、するほど大きくなる。

それに比べてなんと鷹揚な親分だろうと大西は不思議に思った。

もちろん、山村が戦後の新興事業で大金をつかんだのは知っていた。

また、闇成金たちの金のばら撒き方も見ていたが、
僅か、二年足らずの顔なじみに博打で勝手に金を使えと言った人はいなかった。

山村はさらに親密な素振りを見せる。

「まあちゃん、呉へ来たら、わしの事務所にも寄ってくんない。
 駅のすぐ、近くじゃ、なにかと便利じゃけんね」

大西の逃亡生活を知っていてこその、殺し文句である。

ある日、誘われるままに大西はぶらりと山村組の事務所を訪ねた。

折から、昼飯どきだったが、大西が驚いたのは
若い衆がみな、白米を食べていたことだった。

土岡組では幹部でも麦飯である。

しかも、ここでは厳しい規律もなく、若い衆が自由にふるまっていた。

組織として、どちらがいいか、というより大西の眼には全てが新鮮に映った。

折悪しく、山村辰雄は不在だったが、そこは抜け目のない山村だった。

お詫びに、と山村の妻、邦香が大西の妻、初子に観劇の誘いをした。

「あんた、どげんなもんでしょう。広島の芝居やし、観たい気持ちはあるんけど」

初子へのなによりの気晴らしである。

自分は逃亡生活ゆえ、自宅に長居はできない。
母・すずよも旅興行にでている。

一人で寂しい思いをしている初子の慰めに、
と山村からの思いもかけない配慮だった。

「おう、行かしてもらえい。
山村の親分には、わしがあとからよう、礼を言うとくけん
姐さんによろしうな」

後日、改めて山村組を訪ねた大西を山村辰雄は歓待する。

土岡組と違ってここでは「マサ」よばわりする者はいない

若い衆は美能幸三の兄貴分、悪魔のキューピーを目の前にして礼の限りを尽くす。

初子からは「広島で姐さんに買い物までしてもらった」との連絡が入る

大西は事務所の居心地の良さについつい、何日かを過ごしてしまう。

将へは実弾、馬には歓心を買う。

山村の懐柔策はじわじわと大西に忍び寄ってくる。
【43】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月04日 17時30分)

【翳 り】

昭和二十三年の夏、大西政寛の妻・初子は男児を出産した。

しかし、わずか生後三日目でこの世を去る。

「原因は風邪やったんかい、のう。
  まだ、自宅で産婆がとりあげる、時代じゃ。
 病院も今みたいに設備は整ったらんけん、
  そういう話はようけ、あったんよ」

大西の落胆は大きかった。

前年は兄が死に、引き換えにさずかったと信じていた我が子も亡くす。

そのころから、大西の周囲に不穏な変化が起きていた。

呉に進出した「土岡組」と新興勢力「山村組」の間の微妙な確執である。

「山村組」の山村辰雄は事業での勢力拡大を狙っていた。
しかし、山村組には大西政寛を核とする土岡組のような戦闘力はなく連携する組織もない。

あるのは資金提供を受けた海生(かいおい)逸一の庇護と
戦後という時流に乗れそうな己への自負だけである。

誰になんと言われようと、
金のため、目的のためなら、頭を下げ、泣き落としすら厭わずその場を切り抜ける自信はあった。

いわばヤクザとしては「筋と力」で押してきた土岡組とは対極である。

一方の土岡組は戦前からの純粋な博徒組織であっただけに、
こうした微妙な時代推移に対して全く無防備だった。

さらに山村辰雄が小心で猜疑心が強いことも見落としていた。

摩擦は起こった。

呉と吉浦の間にある魚市場で土岡組がセリ人たちの手慰みにと盆(臨時の賭場)を開いたのである。

この魚市場の理事に山村は名を連ねていた。

山村としてみれば、市場に落ちる金をむざむざ、
土岡に掻っさらわれるようで面白くなかった。

力さえあれば、自分が手にしていい利権である。

山村の不満は鬱屈していった。

さらに海水浴場の利権でも当初は折半で合意していたボートや遊技場の数がいつのまにか土岡組が増やしていた。

力では対抗できない山村辰雄は鬱屈の捌け口を謀略に求めた。

なんとか、土岡組を弱体できないものか。

山村が眼をつけたのは、逃亡生活に疲れ始めていた大西政寛だった。

逃げい、逃げいのくらし。

希望の灯と思えた長男の生後、わずか三日目の死。

そして貯まりだした金銭への欲望。

それらは大西の男としての信念を少しずつ狂わせていた。

狡猾な山村は悪魔のキューピーの微妙な変化を見逃さなかったのである。
【42】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月04日 17時26分)

【逃 亡】

昭和二十三年が明けた。

呉に進出した土岡組はシャバに出た大西政寛を中心に博徒としての勢力を拡大し、
その名は、広島はもとより、
松山、下関まで響いていた。

大西の負けず嫌いはますます顕著になってゆく。

博打で負けることをまるで「博徒失格」でもあるように認めず、
いざとなったらイカサマ札を駆使し
相手が気づいたそぶりを見せるや、
眉間をかすかに立て

「なにい、わしの札、見たいんか」
と、凄まじい気魄で睨みとった。

喧嘩でも博打でも、こと勝負となると気が違ったようになるのは生来の負けず嫌いもあったが、
意識の底には出自や屈辱をバネに
全て己の力でのしあがってきた、
という熱き思いの塊があった。

睨みとられた相手は元を取り返すべく、
大西の賭場に乗り込む。
胴元の大西がイカサマ札は使わないから、
結果、大西の賭場は繁盛する。

賭場を荒らして、自分の賭場に呼び込む。
これが大西流の勢力拡大図だった。

貯まった金は一斗 (十八リットル) 缶に詰めて天井裏や、押入れに積み上げていた。

しかし、この絶頂も長くは続かなかった。

大西の保釈はあくまで「事故保釈」であり、傷が癒えれば、当然収監の手が伸びる。

つまり、大西の自由は「逃亡生活」と同じことだった。

「そのころ、爺ちゃんの博打仲間がおったんよ。
 その人が言いよったんやが、
 あるとき、夜に賭場帰りの大西に会ったそうじゃ。

 電車で帰らんかい、いうたらの
 大西は言うた、そうじゃ」

「電車ん中で警察におうたら、逃げられん。
 逃げられん、いうことは、
 わしゃ、撃たないけん、殺さな、いけんけん
 わしゃ、歩いて帰るんじゃ」

逃亡生活中の大西はいつも腹巻の中に
コルトとブローニングの二丁拳銃をのんでいた。


その年の一月、美能幸三は山村組の若者頭・佐々木哲彦の妻から進駐軍の闇物資を脅し取った男の足を匕首で刺す、という傷害事件を起こした。

山村辰雄から自首を勧められた美能は大西に相談した。

大西は傲然と言い放った。

「なにが悲しゅうて(刑務所)に行かにゃ、ならんのない」

「問題じゃない、逃げい、逃げい。
 それで、もし、捕まえにきたら、構わん。
 撃ち殺したれい」

さすがの美能幸三も驚いて二の句が告げなかった。

以来、美能は福井、松山、尼崎と昔の凶状持ちのような股旅に出る。

やっと、広島の岡組に預けられたのは昭和二十四年の二月であった。
【41】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月02日 20時49分)


【絶 頂】

昭和二十二年の年の瀬。

美能幸三は計算高い、山村辰雄の尽力によって保釈された。
その足で向かったのはもちろん、兄貴分である大西の許である。
美能はそこで、初めて大西の妻(おんな)を知る。

「これ、わしの、な。吉浦(拘置所)で、弟に、こんな(お前が)目、かけて、もろうたじゃろが」
大西は照れくさそうに紹介した。

小柄で顔の小さい色白の初子がいた。

「初子さん、いうんはよ。呉の中通りにあった、
森永コーヒー、いう喫茶店のウェートレスやった、らしいんよ。
爺さんなんか、大西が連れあって歩いとるの、見て
あ、あの娘、森永コーヒーの・・・いうて、すぐ分かったらしいど。
それだけ、街中では噂の別嬪やった、ゆうことよ」

大西はいつも初子に優しかった。

美能はちょっと気に障ることがあると眉間が立つ大西を知ってのことから、思い切って尋ねてみた。

「兄貴、あんた、どうしてそがいに初子さんに優しいんじゃ。
文句も言わんで。
 兄貴に、似合わんじゃろうが」

すると大西は怒りもせずに即答した。

「わしはのう、いつ、飛ぶか分からん。
いつ、死ぬかも知れん。
 だいたいが保釈中の身じゃ。

わしみたいなもんに連れおうてくれるん、いうんは
 死んだもんと一緒におるんも同じじゃ。

じゃけん、生きとる間はのう、
大事にしてやらな、あかんのじゃ。
ほうじゃ、なかったら、わしらん、ようなところへ、
嫁、誰がくるかい」

幼いときから周囲の愛情に飢えていた大西ならでは、の言葉だった。

そのとき、初子はすでに妊娠していた。

時を前後して大西の兄・隆寛は肺結核で他界。
それだけに血を分けた新しい命の誕生を心待ちにしていた。

それは母、すずよ、にしても同じだった。
長い看病生活から解放され、長男と引き換えのように孫ができた。

大西が腹を切って出てきたときは驚いたが、初子を可愛がり、
開いている賭場も繁盛し、胴元として安定した金も入ってくる。

大西は芝居好きな母、すずよのために「大西組興行部」という旅芝居組織をつくり
すずよ、を座長として、中国・四国を巡業興行させた。

大西親子にとっては生涯の絶頂期であった。
【40】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月01日 21時05分)


【保 釈】

「ヤルといったら必ずヤル」

悪魔のキューピー・大西政寛の名前が知れ渡ったのは「力」だけではない。

己の自由を束縛するものに対しては「身体を張れる性根」が畏怖されたのである。

吉浦拘置所で割腹し、病院に搬送された大西の意識は、
はっきりしており、治療中も呻きをこらえるふうだった、と伝えられている。

手術中に駆けつけた波谷守之はその傷を見て驚愕した。
ガーゼが埋めてあった腹は厚い皮が真一文字にべろりと開いていた。

二日後、改めて見舞いに来た波谷に大西はまだ、腹に力の入らない声で言った。

「おう、守之か。(美能)幸三いうやつをなぁ、なかで舎弟にしたけん
 生きのいいやつじゃ。負けるんじゃねえど」

あまりの傷の深さを見ていた波谷は改めて聞いた。

「兄やん、あんた、ほんまに死ぬ気じゃったんか」

大西はさらりと言った。

「死ぬ気じゃあるか。じゃきに痛かったのう。
 ほいで、必死になって抱えとったが、重いもんじゃのう」

自由を獲得するため、割腹し、飛び出した内臓を自ら抱える、という姿は想像するだに
鬼気迫る、凄まじいものがある。

「そういや、大西が緊急入院したあと輸血がいる、いうんで小原馨の奥さんが行っとるんじゃ。亭主を片腕にされとるんに、のう。まあ、逮捕されたんが馨の事件じゃ、いうても
恩讐を越えた、ええ、話じゃろうが」

大西は事故保釈として、自由の身になる。

「口でもの言わんで、厚い腹を横一文字に切る真似なんざできん。しかも、生きて出るために重い内蔵を抱えて、のう。並の強さじゃないけん。
生きとったら、おっとろしい男になった、思うの」

九月、美能幸三は懲役十二年の判決をうけ、広島刑務所に送られる。

兄貴分の大西との別れとなったかに思えたが、僥倖が舞い込む。

親分たる山村辰雄が「なかで、幸三が大西の舎弟になった」との話を聞きつけたのだ。
しかも、その大西自身がジギリをかけて保釈となった。

「悪魔のキューピーの舎弟がおれば、使い道はようけ、ある」と狡猾な山村は考えた。
終戦直後の刑務所はどこも受刑者であふれていた。トコロテン方式に誰かを押し出さなければ新しい受刑者が収容できない状態だった。

現在では信じられない話だが昭和二十二年十二月、広島地裁は山村辰雄が支払った五万円で、美能幸三を保釈した。

片方は壮絶なジギリで、片方は親分の打算で
大西と美能は運命の糸に操られるようにシャバで再会する。
【39】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年02月01日 17時16分)

【ジギリ】

ジギリをかける、張る、ともいう。  身体をはって、我を通すことを指す。

美能(みのう)幸三を舎弟にした大西政寛はシャバの波谷(はたに)守之の事を教えた。

「お前のう、わしには、実の弟のように可愛がっている守之、いうんがおる。
 まだ、十八じゃけん、生きとれば、あれは男になるど。お前の方が三つ上じゃ。
 守之に負けるなや」

中と外に弟分をもち、当初は上機嫌だった大西だが、次第に不自由な拘禁生活が辛くなり鬱屈してゆく。

前年の盆踊り大会で小原馨ら二人の腕を叩き斬った傷害罪は初犯とあって、すぐ保釈となった。しかし、今回は直接、手を下していないとはいえ、保釈中の事件である。

公判の経過からいって前の刑が加算され刑務所送りは必至である。

「わしは、出たいんじゃがのう」

美能は「兄貴、今度の刑が軽けりゃ、保釈はきくけん、もちいと、辛抱してつかいや」
となだめる毎日だった。

大西はカシメ時代から人に理のないことで、一度も頭を下げたことがなかった。
それは自分の自由を誰からも束縛されないためであった。

水飲み場でトビを刺したのも、威張ってビールを取り上げた水兵を刺したのも、
全て人に頭を下げず己の自由を守りたいからだった。

読み書きのできない大西にとって「力」こそが、我が身を守る全てだった。

しかも、今や賭場を仕切る親分でもある。
人の物を盗んだり、脅してたかったりしているボンクラや愚連隊ではない。

博打は職業(シノギ)であり、イカサマ札を使うのもシノギを守るためだった。

仲裁に入ったはずの喧嘩の巻き添えで受刑するのは「恥でしかない」と思っていた。

しかも、当時、結核で入院中の兄、隆寛の容態が悪化。母のすずよ、がつきっきりであった。妻にしてまもない、初子も気がかりだ。

大西はジギリを張る決心を固めた。

逮捕から二ヶ月ほどがたった暑い日、大西は美能のところに来た。

「おい、わしゃ、今日、出るけんの」

「保釈・・・決まったん、かいの」
驚いた美能の問いかけに返事せず、大西は話を続けた。

「出たら、なんか、言うとくことないか。先に出て待っちょるけん」

意味不明な言葉に呆然とする美能に背を向けた大西はそのまま、拘置所内の散髪室に向かった。

「おい、剃刀、貸せい」
鏡越しに男が見た、大西の眉間はすでにくっきりと立っていた。

大西は男がおろおろするのを尻目に散髪室にどっか、と腰を下ろすと
腹をむき出しにするや、いきなり剃刀を深く左腹に切りいれ、
そのまま、真一文字に二十センチほど切り裂いた。

「ヒエ―――ッ!」

男の悲鳴で房内は大騒ぎになった。

「おい、お前の兄やんが腹、きったど!」

散髪室に飛び込んだ美能幸三が見たのは、血だまりの上であぐらをかき、
飛び出した内臓を必死になって受け抱えていた大西の姿だった。
【38】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年01月31日 17時27分)

【血の盃】

呉署に逮捕された美能(みのう)幸三は佐々木哲彦の申し出をのみ、一人で罪をかぶった。
証拠となる凶器の拳銃は「逃げる途中の川に捨てた」の一点ばりである。

逮捕から三日目、山村組組長、山村辰雄と山村の顧問、谷岡千代松が面会にきた。

二人は美能が一人で罪をかぶったことを誉めやかし、山村の若衆になることを勧めた。
新興の組織としては、生きのいい若者が一人でも多く欲しかったこともあるが、
なにより若者頭の佐々木らが逮捕、裁判となれば、金もかかる。

力の土岡組と違って、山村は「これからのヤクザは銭」という考えだった。

つまり、打算の上での勧誘だったが、山村の人物も知らず、
すでに覚悟を決めていた美能は、一匹狼から晴れてヤクザの世界に入れると思って頭を下げた。

「ならして、もらいますけん」

以後、三ヶ月余り、九月に懲役十二年の判決が下るまで美能は吉浦拘置所で過ごすことになった。

「まあ、美能もそんときは、まだ、山村さんのことわからんきに、若い者にしてもらう、いう返事したんじゃろうが、子供のころに博打打ちが雨の日に大島の着物にインバ羽織って女と相合傘しとるの見て、博打打ちになったら、あげいにええ格好できるんかいの、
思うたことある、言うとったから、一種の憧れみたいなもんがあったんじゃ、なかろうか」


吉浦拘置所で美能と大西が顔を合わせた瞬間の話は、今のところ、手持ちの資料のどこにも載っていない。

美能は「青タン狩り」の現場を目撃して、すでに悪魔のキューピーにシビれていたから、
出会った瞬間に挨拶したことは想像に難くない。

また、大西も「阿賀の二の舞を踏ませないため」に美能が一人で罪をかぶった噂は耳に入っていた。

当時、闇市でのかっぱらい、蔵品強盗が横行し、どこの警察署の留置所も拘置所も満杯であった。
闇成金は肥え太っていたが、まだまだ、今日を食いつなぐための犯罪者はあふれていた。

そのころ、大西には初子という女がおり、その初子の弟が微罪で美能の雑居房に入ってきた。

「おい、美能よ、お前んとこにおるの、わしの女房の弟なんじゃ。可愛がってくれよ」

憧れの悪魔のキューピーから眼をかけられた美能は興奮した。

なんの娯楽もなく満杯の拘置所では、しばしば、相撲での力自慢が始まった。

三人、四人と投げ飛ばす男を見た大西が美能に言った。

「おう、お前、いけい」

仕方なく出て行った美能は「おい、喧嘩でこい。わら、相撲強いかしらんが、喧嘩なら負けんど」とタンカをきり、男に組み付き、かみつき、ボコボコにした。

相手をひと睨みする大西は美能の度胸が気にいり、二人は次第に近づく。

風呂の順番は大西が一番、美能が二番である。

やがて裁判が始まる。
護送車などはなく、陣笠をかぶせられ、数珠つなぎとなって吉浦から呉まで、貨車護送である。

「これは見た人がおるんじゃ。
呉の駅前を繋がれて歩く美能さんが、隠し持っていたモクにパッと火を付けて前を歩いとる大西にやり、
自分も、もう一本つけて、うまそうに、吸うとったらしい。
看守は見て見ぬふりじゃったそうな」


七月、二人は兄弟盃を交わす。


「映画にもあったろうが、二人が腕切って、お互いの血、すすった、いうて。ありゃ本当じゃそうで。
それが兄弟分の盃じゃったいう、
のう。もう、ほんまもんの義兄弟じゃ」
【37】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年01月30日 17時38分)

【偶 発】

昭和二十二年五月、大西が逮捕されてまもなく、
呉では、山村組をめぐってもうひとつの殺人事件が起きた。

きっかけは、呉市、朝日町の遊郭で山村組の若衆と旅人(よそもの)
との間でささいな喧嘩であった。

旅人は一見してヤクザ風で一度は山村組の若衆に叩き出されたものの
翌日になって日本刀をもって仕返しにきた。

そこで、山村組の若衆の指、二本を斬りおとしたことによって騒ぎは大きくなった。

「タビのもんになめられておられるか!」

若者頭、佐々木の一言で十人ほどが、日本刀、拳銃の喧嘩支度を始めた。

この騒ぎを聞きつけたのがビリヤード場で遊んでいた、
復員兵上がりの愚連隊、美能(みのう)幸三である。

指を斬られた男というは、美能の遊び仲間であった。

野次馬気分で山村組の事務所をのぞくと、顔なじみの若者がいた。

「おう、今から、やり、いくけん、こんな(お前) 見に来いや」

美能は金魚のフンのような形で一行の後をついていった。

バラックの掘っ立て小屋のような酒場で日本刀の抜き身を下げた男がいた。

「どうなっとんの、かいの」
と聞くと、先発隊の二、三人は男に川へ落とされた、という。

「よーし、ワシがいっちやろう」と息巻く男がいたが
佐々木が「お前じゃ、相手にならんど」と、言う。

要は誰もが、怖気づいてしまっていたのである。

微妙な雰囲気を感じ取った美能が佐々木に言った。

「やられたんは、ワシの友達じゃけん、なんなら、ワシがいっちゃろうか。
 誰も、やらなんだら、山村の恥じゃろうが」

「こんな(お前)、道具、持っとるんか」

「持っとらんよう」

「ほいじゃ、ワシの道具貸すわい。ほいで、ワシがおびきだすけん、
 こんな、が撃てい」

「うむ。任しとけい」 美能は佐々木から軍用拳銃を受け取った。

バラックを一歩入ると、抜き身を下げた男が「また、来やがったか!」と斬りかかってきた。

美能は拳銃の引き金を引いた。カチッと音がしただけで弾は出なかった。
男は一瞬、ひるんだが、弾が出ないとみて再度、斬りかかった。

美能は再度、引き金を引いた。 「バン!」と音がして、男は大の字になって倒れた。

「やったど・・・」  美能が振り返った佐々木に告げると大声がした。

「MPが来るど! 逃げい、逃げい!」

美能や山村組の面々はクモの子を散らすように、逃げ出した。

翌日、街をぶらついていた美能は「ちょっと、来てくれんか」と刑事に声をかけられ
呉署に連行された。
そこにはすでに、佐々木ら山村組の面々がいた。

佐々木は美能に耳打ちした。

「実はのう、ケンカのきっかけになったヤツに自首させたところ、みんな、唄うてしもうて(自供して)この始末じゃ。阿賀の二の舞は踏みとうないけん、こんな、が一人でやった、というてくれんかいの」

この「阿賀の二の舞」というのが、大西たちの事件である。

美能は撃った手前もあり、これをきっかけに愚連隊からヤクザの世界に入れるとの期待から佐々木の要求を受け入れた。

押送された吉浦拘置所で美能幸三と大西政寛は運命的な出会いを果たす
【36】

RE:仁義の墓場  評価

野歩the犬 (2014年01月31日 17時38分)

【山村組】

悪魔のキューピー・大西政寛を核とした、土岡組が進出したころ、
呉では、もうひとつの新勢力が萌芽していた。

山村辰雄を親分とする「山村組」である。

山村辰雄は明治三十六年生まれ。

大正十一年、十七歳で呉の「小早川組」の盃を受け博徒になった。

昭和九年、三十歳で那香と結婚。
大阪の浪速造船所で職工として働きながら賭場出入りをしていたが、
昭和十九年、賭場のいざこざから大阪を追い出され、故郷の呉に帰郷。

終戦と同時に、先に土岡組に「青タン狩り」を依頼した海生逸一の資金援助を受けると
昭和二十一年三月、土木請負業「山村組」の看板を挙げた。

当初は進駐軍の依頼による材木運搬が中心だったが、
瀬戸内海の小島に投棄された弾薬処理の下請けでひと財産をあてる。

要は実業家を表看板とする戦後やくざの、走り、である。

若者頭は短気で「人斬り哲」の異名を持つ佐々木哲彦だったが
阿賀の土岡組と違って、いわば、
元気がいい若者たちを寄せ集めた「にわかヤクザ」であった。

すでに悪魔のキューピー、大西正寛の名前は轟いており、
呉のヤクザは阿賀、土岡組と聞くとシビれていた。
【35】

RE:仁義の墓場  評価

五右衛門座衛門 (2014年01月29日 19時39分)

れおさん

無事でした。
とんだ行き違いでしたね。失礼致した。

>この世で、果すべき使命がまだあるでごじゃるよ。(キッパリ!

やり残しは沢山ありますね。。


>眼精疲労って、そんな激痛走るの?

例えば長時間同じ画面を見続ける(仕事でのpc作業やゲームでもパチでも)と、目の奥が痛くなった事はありませんか?それが頭全体に拡がっていく感じですね。


>ありふれてますが。『 健康、第一 』!

その通りですな。
お心遣い、感謝します。


では・・・。
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