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【114】

何の話?   編集  評価

S.えんどう (2024年03月12日 09時58分)


おっぱいタイマー?

ちゃう、オッペンハイマーや。
理論物理学者のロバートオッペンハイマーや。


なんや、ちゃうんかい。

制限時間内であれば、おっぱい堪能し放題の、あの伝説のおっぱいタイマーとちゃうんかい。

ただのオッサンかいな。


ちゃう、伝説のオッサンや。

やっぱオッサンかーい(カンパーイ)


ドラえもーん、おっぱいタイマー出してー。


と、何気に気になったんだけど、私以前ね、ここである人に、風俗には一度も行ったことがないって言ったことがあるんだけど、スナックって風俗じゃねぇの?ってふと思ってね。

で、調べたら、やっぱ風俗でした(汗)
ごめんなさい。

テレクラもそうだけど、ラブホやパチンコも風俗に分類されているみたい。

って、行きまくりじゃん(汗)

重ねて、ごめんちゃい(ペコリ)


てっきりね、風俗って性的なサービスをするところって思っててね、勘違いしてた。

うん、ま、間違ってはいないんだけど、その範囲というか、定義をね、勘違いしてた。

うん、ま、言いにくいんだけどね、その基準がね、「行為」があるかどうかとね、勝手にそう思ってた。

そしてそこに金銭の授受が絡むかどうかと、そう思ってた。

だからね、出会い系サイトはすごくマジメで真剣なサイトだけど、そこに金銭が絡むともうアウト、風俗になる、みたいな。

実際にね、出会い系サイトでたくさんの女性と会ってきたけど、お金を要求されたことは一度もない。

女性もね、そのサイト名通り、純粋に出会いを求めてた子が大半だった。

大半というか、私が会った女性はもれなく、全員だね。

実際にね、約束して、待ち合わせ場所に行ってもいないってこともそこそこあったけど、そういうときの相手はサクラだったのかな、よくわからないけど。

でも半分以上はね、ちゃんといたよ、約束守ってくれたよ。


そしてこれ、私の勝手な憶測なんだけど、サクラ以外はさ、最終的には会うわけじゃん?

だからさ、普通以上というか、それなりに自分に自信のある女の子の利用率が高かった気がするんだよね。

こういうサイトって。

ほんとにね、変な子はまずいなかった。
変な子っていう言い方も変だけど(汗)


電話ではね、「全然かわいくないよー」「自信ないよー」って言うんだよね、必ず。

うん、だってね、ハードルは下げるだけ下げたほうが自身に都合いいからね。

そして実際会ったときの「おっ」っというギャップでね、相手のハートを鷲掴み、みたいな。


ま、私の氷のハートには全く効果はないけど(笑)


これ、前に書いたかどうか忘れたけど、知人でね、出会い系サイトで出会って実際に結婚した人もいるしね。

今もね、家族みんなで幸せに暮らしているよ。


出会い系サイトはテレクラの延長だけど、その性質は全く違ったものだったと個人的には思ってる。

単なるその場限りの「遊び」か、それとも「真剣」か。

ま、あくまで比率的な話ではあるんだけど。

私は若かったんでね、前者寄りだったんだけど、相手が後者寄りだとね、色々あるよ。

問題起きるよ、事件が起きるよ。

そもそも始まる時点でね、前提が違うというかギャップがあるんでね、当然と言えば当然なんだけどね。

そのときの対応はね、ほんと難しいよ。
ま、最終的にこのサイトから手を引いたのもそれが理由なんだけど。


・・って、いったい何の話してんねん(汗)


んっ!?
もしやネタ切れか!?



っと、ちょい待ちっ!!


どう考えても、オッペンハイマーの内容に触れる感じだったよね?

どこいった?
オッペンハイマー。


いいえ、そんなことはありません。

ただ単に、シモのネタの材料として使わせていただいただけですが、それがなにか?


旬だったんでね、使わせていただきました。

そもそも、そんなオッサン知らんし、内容も全くわからん。


ま、受賞するくらいだからね、観る価値はあるんだろうけど。
【113】

車売るならカズレーザー   編集  評価

S.えんどう (2024年03月11日 13時05分)


実はプラド150、売却したんだよね。

理由は色々あるんだけど、最終的に289万で売れた。

平成27年式の9年落ち、走行87000キロ、フロントガラスは割れたまま、タイヤとホイールは海外製の安いヤツということを考えると、いい値段つけてもらったのかな。


車を売ろうと考えてる人がいるかどうかわからないけど、参考までに少し。

今回、軽く10社以上に査定してもらった。

ガリバー、ビッグモーター、アップル、ラビット、ネクステージ、ハッピーカーズ、その他の中古車買取業者数社、ナナプラ購入時の下取り査定など。

昔は、下取りって大きなメリットというかそれなりの強みがあったけど、今はもう、下取りの強みはほとんどない。


今回、「MOTA(モータ)」というネット一括査定を利用した。

モータに売却車両の情報を入力すると、その情報が登録している買取業者にいき、そこで最大20社(当該車両を欲している業者数により変わる)が値段を競い合い、その上位3社のみに交渉の権利が与えられる。

つまり、その3社のみに自分の連絡先が伝えられ、現車確認等により、その3社との最終的な値段交渉に移るという仕組み。

今回、最終的な3社に選ばれたのは、ビッグモーター、アップル、ラビットだった。

いずれも大手。

なので、減額、振込遅延などのトラブルの心配は比較的少ない。


現車確認査定の結果、3社とも280万ということになった。

実はネクステージも280万を提示してくれたんだけど、10月に査定してもらったときは295万で、そのときよりもかなり落としてきたので、今回はご遠慮した。

そして1〜2万の攻防を幾度となく繰り広げ、最終的にラビットが289万を提示してくれて、そちらに売却を決めた。

ラビットの人はね、店長だったんだけど、ほんとにいい人でね、最初に会ったときからラビットに売りたいって思ってたんでね、ほんとによかった。

あえて名前出すけど、アップルはね、最終的に負けたと判断したときの対応がね、ほんとずさんだった。
手のひらを返したような対応。

ずっと対応してくれてたのは副店長だったけど。

それはないよね。
すごく残念。

ま、商売なんでね、そんなもんかもしれないけど。


個人的にはね、車売るならラビットがオススメ。

車種によって多少は変わると思うけど、高額査定してくれるのは間違いない。

今回、もっとも期待してたというか高額買取で定評のあるハッピーカーズでさえ、フロントガラスの全交換があるから280は厳しいって言ったからね。

でもラビットは最終的に9万も上乗せしてくれたし。

車も無料で取りに来てくれた。
ちなみに、ネクステージは取りに来てもらう場合、陸送費は自腹になるからね、覚えておいてちょ。

お金もすぐに振り込んでくれたし、もちのろん、あとからの減額も一切なし。

ラビットバンザイ、カズレーザーバンザイ。


今回、10数社に査定してもらったけど、上に挙げた4社以外は、280は到底ムリって言ったんでね、車種にもよると思うけど、車売るときはこの4社に競い合ってもらうだけで十分かもしれない。

買取後の売却のアテがすでにある場合は、多少強気の価格を提示してくれることもあるだろうけど。


最初に書いた私のプラド150の情報を見ても、そんな高く売れるとは思わないでしょ、おそらく。

信用・実績のある大手に頼めばね、その大手の強みから、かなりいい価格をつけてくれることもある。

なんとなく、早ければ早いほど良い、早いほうが高く売れるって思いがちだけど、そうとも限らない。

3ヶ月後、半年後のほうが高く売れた。
別に珍しいことではない。

ま、トヨタやらかしちゃったんでね、今回は早く売ったほうが高かったけど。


ニーズによって買取価格は常に変動する。

それが、中古車市場なのだ。
【112】

ともに明日へ   編集  評価

S.えんどう (2024年03月08日 12時43分)


これは何度も書いてきたことだけど、私は、自ら命を絶つ人を幾度となく目の当たりにしてきた。

単なる「知人」というレベルではない人たちを、何人も失ってきた。

病気や事故、寿命ではなく、自ら命を絶つという行為によって。

当然、他人には到底わからない苦悩があり、耐えがたい苦しみがあり、一生懸命闘ってきた末の結論だとは思う。

でもその結論はやはり、間違っている。

それは、殺人行為。
その言葉通り、自身を殺すという殺人。

他人だろうが自分だろうが、それは変わらない。
自分だからいいという道理はない。

誰しも、人を殺していいはずがない。
それがたとえ、自分自身であったとしても。

それは、神さまから授かった、親から与えられた、かけがえのない命。
その期限を、自ら勝手に決めてはならない。

決して、自分ひとりだけの命ではないのだから。
必ず、必要としている人がいるのだから。
絶たれることによって、悲しむ人がいるのだから。

人を悲しませる権利など、誰ひとりとして持ち得ていないのだから。


かくいう私も、その一歩手前までいったオトコ。

おそらく、正常な判断ができるような精神状態ではなかったと思う。
体重は40キロ台にまで落ち、絶つ以外、道はもうないと本気で思っていた。

日時、場所、方法、全て決めていた。
モノも準備していた。

あとは、そのときを待つのみ。
もう少しだ、あと少しの辛抱だ、あと少しで楽になれる、全てが終わる。

そう思っていた。

でも、踏みとどまった。
踏みとどまることができた。

危うく、殺人者になるとこだった、罪を犯すところだった。
犯罪者のまま、人生の幕をおろすところだった。

でも、踏みとどまることができた。

こんな私でもできたんだ。
だから、できないなんてことは絶対にない。
誰しも必ず、踏みとどまれる。

そのような強い意思をもってほしい。

心からそう願う。


でも、精神状態が極限まで追い込まれると非常に危険。
そこまでいってしまうと正常な判断ができなくなってしまう。

だから必ず、そうなる前に、そこまで追い込まれる前に、助けを求めてほしい。
ひとりで抱え込まないでほしい。

助けを求めることは、決して、恥ずかしいことではない。
それは勇気であり、強さの証。

そして必ず、助けてくれる人がいる。
気づいてくれる人がいる。

そしたら、楽になれるから。

決して、楽になる方策を間違ってはいけない。


イヤなこともあるでしょう。
投げ出したいときもあるでしょう。
辛いこともあるでしょう。
苦しいときもあるでしょう。

でも決して、そういうことばかりではない。

楽しいことも、そして嬉しいことも、たくさんある。

決して、悪いことばかりではない。

そう、だって、その総和は変わらないのだから、大差ないのだから。

私は、そう信じてる。


「行ってきます」と家を出て、「ただいま」と帰宅する。

当たり前のことかもしれない。
でもいつか必ず、当たり前ではなくなる日が来る。

そこに例外はない。

だからやはり、それは特別なことであり、これ以上の幸せはないのだと思う。


「おみやげは 無事故でいいの おとうさん」


無事故は、車に限ったことではない。
至るところに、その脅威は存在する。

歩いているときも、ご飯食べているときも、仕事しているときも、遊んでいるときも、そして休憩しているときも、常にその脅威は存在する。

そう、そのような観点からも、この標語は極めて秀逸。


無事故で帰りたいよね、ただいまって言いたいよね。

だって、アナタの帰りを、ずっと待ってる人がいるのだから。
決して、ひとりではないのだから。


だから精一杯、生き抜いていきたいよね。

それが、この世に生を受けた意義であり、義務だと思うから。
【111】

過去を振り返る   編集  評価

ビーリー (2024年03月08日 12時22分) ID:tHJreXDo


よくよく思い起こせば、私が初めてトピを立てたのは平成26年。
一度地元に戻ったときだったから、うん、やはりそうだ、間違いない。

立てては落とし、落としては立てをくり返し、早や10年。

その間、いったいどれくらいつぶやいてきたのだろう。
1000くらいつぶやいたのかな、よくわからないけど。


そう、1000のつぶやきを持つオトコ。


なんつって(笑)


そのときそのときのトピック・エピソードでつぶやいたものはあまり覚えてないけど、何か書けるものはないかと、記憶を辿り思い出して書いたものはだいたい覚えている。


オヤジに初めて怒鳴られたときの話、小学校のときに近所に越してきた恵美の話、唯一私のことを呼び捨てにしていた女の子の話、傘を又貸しして後悔した話、爆乳の女の子の話、知らない女の子からもらったラブレターの話、学校に乗り込んだときの話、駅で飛び蹴り食らったときの話、体育祭のリレーの話、一人暮らしの私のアパートに突如現れた中年女性の話、それと、出会い系サイトで知り合った女性との思い出の数々、などなど。

そして一番の大作は、アンマン。
7000文字くらい書いたのかな、たしか。

上に挙げたつぶやきのうち、オヤジに怒鳴られた話と駅の話以外は、実は全て女の子の話。


どんだけオンナ好きやねん(汗)


いや、たまたまですよ、たまたま。


さすがにこれらのつぶやきの全てを知ってる人はいないと思うけど、これらは記憶を思い起こして書いたんでね、今からでもまたすぐに書ける。

うん、だからなんだって話だけどね(汗)


これらのつぶやきで私が得たこと、それは、記憶を辿る、思い出す、振り返ることの重要性。

つぶやきを始めるまでは、その重要性に全く気づいていなかった。

これ、実際に意識を持ってやるとね、色んな効果があることがわかる。

失敗と同じ数だけ、教訓があるんだよね。

そして、初心に返ることができる、気持ちを新たにすることができる、前向きな思考になれる、また頑張ろうという気持ちになれる。

そして、強くなれる、やさしくなれる。

意識していないとなかなか感じることができない、「周囲の有難み」がね、よくわかる。

何かをした、された、ではなく、存在すること自体がね、すごく有難いことなんだよね。
それがね、記憶を辿るとよくわかる。

今の自分が存在すること、決して、自分ひとりだけの力ではない。

当たり前の日常が、当たり前の事実が、いかに特別で幸せなことであるか、それがよくわかる。

アナタがいること、そして、私が存在すること、決して当たり前ではないんだよね。

それは紛れもなく、幸運であり、特別なこと。

それが自覚できれば、色んなことに感謝する、感謝できる。

感謝できれば、その分だけ、強くなれる。

特にね、もう完全に忘れていた、遠い昔のとても嬉しかった出来事、とても楽しかった出来事、それらを思い出せたらね、それはもうこの上ない幸せ。

たくさんのプラス効果がある。

そう思うよ。

少なくとも、私はそうだった。


悲しい思い出はね、一時的に落ち込むこともあるけれど、それも、マイナスではない。

中にはね、触れたくもない、思い出したくもない出来事もあるかもしれない。
それらをあえて思い出す必要もないけど、それも決して、マイナスではない。


私もね、たくさんあるよ、たくさんあったよ、ほんと、山ほど。

でもずっと、今でもずっと、その事実と向き合ってる。

ひとときたりとも、忘れようとは思わない。
ずっと心に刻み込んでる。

それが強さであり、プラスになってると信じてるから。



「キミも、記憶を辿ってみないか?」


と、誰かが言ってたような気がします(笑)



ということで、今回もきっかり1500文字でございました。
【110】

なにが一番大事?   編集  評価

ビーリー (2024年03月07日 16時58分) ID:tHJreXDo


以前それっぽいことを書いたことがあるのでもしかしたら気づいてる人もいるかもしれないけど、私のつぶやきは、そのほとんどが1500文字前後で構成されているんだよね。

どういうカウントしてるのかわからないけど、実際は1550文字くらいまでしか受け付けないからね。


そしてこの構成文字数はね、自分に課せたノルマというか、課題。

一定のリズムって一歩間違うと単調に感じてしまうこともあるけど、「普遍」って、実は安心感という側面があるんだよね。

それはね、知らないうちに存在している安心感。

長かったり短かったり、いわゆるその「不安定な要素」って、ときに不安を煽ることがあるんだよね。

ま、字のとおりなんだけど。


うん、ま、これはあくまで一例としてね、あえて書いたんだけど、相手の思いってね、なかなか気づけないことも多いんだよね。

まさかそんな拘りをもってつぶやいてるなんて、誰も思わないでしょ、気づかないでしょ。

基本、言われない限りは。


って、言っちゃってるけど(汗)


この拘りを貫こうとすると、それはそれでね、結構大変だったりするのよ。


ま、それは置いといて、私の日々の「気づき」の原点は実はここにあって、その基盤となるものが、対象に関心を持つということ。

そう、どれだけ相手の立場になって物事を考えることができるか、相手に思いを致すことができるか。


「え?まさかそんなことで?」


って思うことがあるかもしれないけど、本人にしてみれば、それは「まさか」でもなんでもないんだよね。

そう、気づくためには、そのまさかをいかに排除できるか。

そう思ってる。

「だろう運転」ではなく「かもしれない運転」ってよく言われるけど、それと同じ。

特にね、会社の若い子たちと接していると、「思いも寄らぬ」ことがあったりする。
そう感じてしまうことがある。

でもそれは、あくまで軸足が自身にあるからであって、若い子たちの目線になってない証。

そう、知らず知らずのうちに「だろう運転」をしてしまっているんだよね。

その理由の多くは、先入観と固定観念。

それぞれに存在する「自己の中の常識」なのかな。
そう、私がよく使う「普通」ってやつね。

でもそれはあくまで自分の中の普通であって、それが周りの人にも当てはまるかというと、必ずしもそうではない。

だからやはり、いかに同じ目線に立てるか。

上から目線では、真実は見えてこない。
目線はやはりね、同じ高さじゃないと齟齬が出る。

それが、前提である「対等」

そう思ってる。


ただね、軸足を相手に移せということではない。
軸足はね、当然、自身でいい。

軸足は自身に置きつつも、相手にも当然、相手の軸足があることを知ること。
理解しておくこと。

そしてその軸足はね、基本的に第三者、つまり、外部の力によって動かすことはできないということ。
それを理解すること。

つまり、強要はできないということ、強要するべきものではないということ。

それが、相手を尊重するということ。

相手の軸足、つまり、考え方を尊重し、それらを踏まえてどうするか、どうすべきか、それをしっかり考えて行動すること。

決してね、それらを受け入れることが全てではないけれど、それらを無視した言動、行動は厳に慎むこと、その心の声に耳を傾けること。

その上で、どうするか判断すること、行動に移すこと。

それが、一番大事なんじゃないかな。


また?
大事MAN?
ブラバン?


つーかさ、一番大事なこと、多くね?


うん、いいの、なんでも一番で、そこに差なんてないから。
同率首位だから。


それだけね、世の中には大事なことが多いってこと。
甲乙つけるべきではないことが多いってこと。


ということでね、今回もまた、きっちり1500文字と相成りましたとさ。
【109】

オレ様の夢、カマロよ永遠に   編集  評価

ビーリー (2024年03月07日 10時17分) ID:tHJreXDo


少し前に書いたけど、先日、車のヘッドライトと配線(カプラー)を交換したんだよね。

で、先般の教訓を活かして、事前に調べたのよ、工賃を。

でもこれってさ、あくまで目安であって、実際はもっと高額になることが多々あるね。

つまり、記載してあるのはあくまで最低額であって、実際はもっと高くなることがほとんど。

で、今回は作業前にもちゃんと工賃確認したんだけど、ヘッドライト交換が1個1650円で計3300円、カプラー交換が1ヶ所4400円で計8800円とのこと。


はぁ?
何言ってるかよくわからない。

ぼったくり大魔王ですか?


さすがにね、たったこれだけの作業に12100円も払うわけがない。

特に配線はね、モノよりもはるかに工賃のほうが高いというね。
約5倍かな。

ま、配線交換はめんどくさいから、それくらい払ってもいいのかもしんないけどさ、なんでさ、外して付けるだけのライト交換が1650円なの?

意味わかんない。


ということで、モノだけ買って、ライトも配線も全部自分で交換したんだけど、これって足元見すぎじゃない?

もっと良心的な価格にするべきだよね。

実際にね、自分で交換すると痛切にわかるよ。

「たったこれだけの作業に1650円も取ろうとしてたのかーい」って。


なんとなくこういうのって、専門的な知識や技量が必要な錯覚に陥ってしまいがちだけど、業者に頼まないと難しいって思いがちだけど、そんなことは全くない。

少し勉強すれば誰でもできる。

特に今はね、スマホだけでほぼこと足りる。

だから勉強といっても調べるだけでいいし、多くのものはね、動画でアップしてくれてる人がいるから簡単。

動画観ながらその通りにやればいいだけ。

最低限の注意点だけおさえて作業すれば、作業自体は別に難しいものではない。

結局業者に頼んでもさ、やるのは同じ人間。
整備員にできて、自分にできないことなど、実際はほとんどない。

できない作業は、極めて専門的な技量がいるものに限定される。

そう、そのほとんどが単にやり方を知らないだけであって、やり方さえわかれば、基本、誰にでもできる。

図画工作「3」の私でもできる(笑)


ま、お金に余裕のある人や、めんどくさいことは一切やりたくないって人は頼んだほうが無難かもしれないけど、実際は、出費を抑える方策なんて、そこらじゅうにいくらでも溢れているんだよね。


え?
超絶めんどくさがり屋のお前が、なぜ自分でやったのか?

ですって?


うん、それ以上に超絶ヒマだったから(汗)


というのはジョーダンだけど、なんかね、その金額聞いた瞬間、「これを払ったら、オレの負けだ」って思っちゃったんだよね、なんとなく。


え!?
なんですって!?

そもそも工賃の話なんて興味ない!?
つーか、そんな機会ほとんどないから関係ない!?

ですって!?


おっしゃるとおりで(汗)


うん、でもやっぱね、車はオトコにとってのロマンですし、最大の道楽ですし、切っても切り離せない相棒ですし、手間がかかるコほどカワイイって言いますし、なんたって私、他に類を見ない巨乳好きですし・・


ほらそこっ、最後っ!!

それ、関係ないね。


恭兵!?


なんか最近、ここによく恭兵来るね。

私の中の柴田恭兵は断然、「俺たちは天使だ!」のダーツだけど、知ってるかな。

やっぱ「あぶない刑事」のほうが有名かな。

実は私ね、この「俺たちは天使だ!」の沖雅也が大スキでね、免許取ったら絶対カマロに乗るって決めてたんだよね。

ま、いつの間にか忘れてたけど(汗)


「8933、ヤクザさん!!」


知ってるかな?
知らねぇだろうなぁ。

ナンバーもね、これにしようと思ってた。

今でもね、「男たちのメロディ」のメロディがね、頭を駆け巡る。

ん?
メロディのメロディ?

もしや、メロメロ!?


そう、カマロにメロメロ。

若かりし頃のオレ様は(笑)
【108】

親であろうよ   編集  評価

ビーリー (2024年03月05日 09時22分) ID:tHJreXDo


チェルシー、終売になっちゃったね。


ホールの出禁ってさ、私も2回経験あるし、そこそこ耳にする話だと思うけど、コンビニの出禁って聞いたことある?

実はさ、近所にいるんだよね、コンビニ出禁の人が。

私は直接知らないし会ったこともないんだけど、その人ね、この界隈のコンビニの全てで出禁になってて、この界隈のコンビニ店員の間で知らない人はいないくらいの有名人らしい。

歳は40ちょっと。
もちのろん、ヤロウ。

あ、もちのろんは不適切か、ごめんなさい。

結婚もしてるみたい。


なんでも、文句やクレームが尋常じゃないらしく、それで出禁になってるみたいなんだけど、何に対してそんなに文句言ってるのかな。

まぁほんとにね、文句を言われるような接客、態度だったらね、改める必要があるんだろうけど、どこでも文句言ってるってことは、やはり店側ではなく、本人に問題があるんだろうね。

全てのコンビニが出禁にするくらいだからね。


ちなみに私が毎日通うセブンも出禁になってる。

私なんか自動ドアが開いた瞬間に「ありがとうございます」なのに、その人は「お引き取りください」ってことだからね。

ありがとうございますのほうがよくない?

なぜあえて後者を選ぶのか。

そういう性分なのかもしれないけど。


別にね、世渡り上手になる必要はないし、へつらう必要もないと思うんだけど、あえて損な生き方をする必要もないと思うんだよね。

コンビニってすごく便利じゃん。
そこが使えないって、やっぱ不便だよね。


おそらくガマンできないから文句言ってると思うんだけど、客観的に見ると、その線引が明らかに間違ってると思うし、百歩譲ってね、その主張が正しかったとしても、やっぱ生きていく上ではね、ガマンって必要だよね、必須だよね。

忍耐って言うのかな、それも1つのね、強さだと思うんだよね。


ちょっとヤラかしてさ、「あの店出禁になっちゃったよ」、ならわかる。
誰しもさ、完璧じゃないし過ちがあったとしても不思議じゃないしさ。

でも「全て」は異常だよ、尋常じゃないよ。

それは明らかにね、態度を改める必要があると思うんだよね、ガマンする必要があると思うんだよね。

人としてさ、同じ過ちを2回起こすのはダメだと思うんだよね。
それはさ、成長してないってことだから。


・・え?
じゃあなんでお前は出禁2回食らってんだ?
同じ過ち犯してんだ?

ですって!?


うん、私は一切不正はないし、恥じる部分も微塵もないし、そもそも過ちではないから。


いやそれ、その人もそう思ってるんじゃないの?


・・う、おっしゃるとおりかも(汗)


私も最初聞いたときはさ、「そんなヤツいるわけねぇだろ、ジョーダンは顔だけにしろ」って言ったんだけど、ほんとにいたんだよね、これが。

でもたしかにね、その人は自分が正しいと思ってるだろうし、恥じる部分も改める部分も微塵もないって思ってるんだろうね。

でなければ、こんな現状になるはずがない。


難しいね。


これって、近しい人じゃないと難しいんだろうね。
おそらくね、第三者がどんなに言っても馬の耳に念仏なんだろうね。

だから、身内とか、特に親がね、ちゃんと言わないといけないんだろうね、しっかり教育しなければならないんだろうね。


それが、親としての責任だと思うんだよね。

強くあれるように。
やさしくあれるように。
そして、不幸にならないように。

そう、忍耐強く、楽しくおおらかに、幸せに過ごせるように。

その善導が、「親である」ということ。

そう思うんだよね。


では今一度、問おう。

アナタはちゃんと、「親」でいれていますか?


これは、自問自答。
そう、自身に対する問いかけ。

いつの日も、いつまでもずっと、こう問うていたい。


だって私も、親なのだから。

子どもがいくつになっても、ずっと、親なのだから。
【107】

便利と引き換えに捨てたもの   編集  評価

ビーリー (2024年03月04日 12時40分) ID:tHJreXDo


私、これまでは一切カードは持たず、全て現金払いでモノ買ってたんだよね。

ま、パチンコしかしないし、以前はほとんどモノを買うこともなかったから、あまりその必要性もなかったんだよね。

まぁでも時代の流れというか、レジ払いもね、やっぱカードのほうが早いしスマートだしね。

ということで、昨年から現金払いはヤメて、カードで払えるものは全てカード払いに変えた。

で、妻から私専用のカードをもらってるんだけど、先月、チートデイにみんなを誘って焼き肉を食べに行ったときのこと。


「みなまで言うな、ここはオレに任せろ」


と、カッコつけたまではよかったが、カードで払おうとしたら、「お取り扱いできません」と。

ん?
エラーか?


「すみません、もう一度お願いします」と店員さん。


で、再試行するも、結果は同じ。

マジ?
つーかなぜ?


しゃーない、現金で払うしかないか。
しかしある程度の現金持っててよかったよ。

これで手持ちなかったら、赤っ恥もいいとこだった。
カッコつけた手前もあるしね。

でもなんで使えなかったんだろ。
もう1年以上使ってるけど、こんなことは初めて。


で、理由がわかった。

妻から、「お金使いすぎ」と。
使いすぎて限度額超えたと、使えるように手続きするから3日ほど待てと。


どんなに高額なモノでも全て一括払いにしてるんだけど、カードって月の使用限度額があるんだね、知らなかったよ。

つーかなにゆえ、そんな設定した?

いや、さすがに無制限にはできないのかな?
よく知らないけど。


たしかにね、ここ最近は何も考えずにカード使いまくってたしな(汗)

エコダイヤモンドキーパープレミアムもそう、マットブラック塗装もそう、ヘッドライトも電球色のLEDに変えたし配線も新品にしたし、ドラレコ、ETCも勢いで付けちゃったし、ワークマンで大人買いしたし、ドンキでテーブルやイス衝動買いしたし、ペットコーヒーも大量にケース買いしたしな。

毎日のセブンの買物も、ドラッグストアでのプロテインやアミノ酸、日用品も全てカードだしな。

これ、いったいいくら使ったんだろう・・

おー、こわっ。

普段はね、月5万くらいしか使ってないと思うんだけど。

もしかして、ひと月で50万超えちゃった?
明細なんてその場ですぐ捨てるし、通帳は妻が持ってるからいくら使ったか全くわからない。

妻に聞くのもね、何か気が引けるし(汗)

カードの限度額50万かな?
最低でも100万にしてほしいよね、限度額は。


と、そんなジョーダンは置いといて、カードはやっぱ危険だよね、特に私みたいに大雑把なヤロウにはね。

帳簿つけたりしてきっちり管理する人は何も問題ないんだろうけど、オトコにはほぼそういう人はいないと思うので、注意が必要だよね。

ま、偏見かもしらんけど(汗)


カード払いって、何も考えなくていいでしょ。
現金払いだったらね、多少頭で計算したりすることもあると思うけど。

スマホ、タブレット、パソコンの圧倒的普及で、文字を書く機会は激減。

車の自動運転、そして翻訳機もね、かなり精度が上がってきてるんでね、いずれ、運転免許の所要がなくなるかもしれない、外国語を勉強する必要がなくなるかもしれない。

そしていずれね、「現金なんて見たこともない」って人が出てきても不思議ではない。

これらがね、文明の利器の弊害とならないよう、やっぱ意識していたいよね。
便利になることで、大事なことを忘れないようにしたいよね。


でも皆さん、カードはほんと、要注意でっせ。
ヤロウども、肝に銘じておけぃ。

おけぃ?


何を今さら?


特に限度額はね、なるべく低めの設定を。


って、お前が言うな。

ってか?
【106】

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ビーリー (2024年03月01日 13時01分) ID:tHJreXDo


今年も早や2ヶ月が過ぎた。

私の過去10年間のつぶやきの歴史の中で、一度だけ書いたことがあるのかな、たしか。

そう、3月は私の月。

ま、だからといって、他の月と何か違うのかと言えば、特に変わらない。
移りゆく美しい四季の中の1ページにすぎない。


でも私は昔から、春がスキだった。

寒い冬を抜け、ぽかぽかと過ごしやすくなる季節。
植物は芽吹き、目に映る色彩は鮮やかになる。

そして、出会いと別れのシーズン。
いや、別れではない。
それは、再び会うまでの遠い約束。

私は、そんな春がスキだった。


今はね、1年中夏でいいと思ってるほど、夏一色のオトコだけど。


そして春は必ず、新しい風が吹く。

それは、刺激であり、感動であり、そして、出会いでもある。


実はこの春、人事異動の話があったんだけど、わがままを言って、先送りにしてもらった。

理由は色々あるけれど、まだやらなければならないことがたくさんある、やり残したことが山ほどある。

ま、その全てが私の責任であり、力不足ではあるけれど。


そしてわが部署にも当然、新しい風が吹く。

彼らをどう育てるか、そして、社員テロ予備軍にさせない、しっかりとした意識を持たせる責任は、私にある。

そのことを、私は決して忘れてはならない。

そのためには、今の若い世代、とりわけ、Z世代と呼ばれる人たちの特性をよく理解し、それぞれの個性・性格・特徴を把握し、先入観を戒め、固定観念を排し、柔らかい頭をもって、誠意をもって接し、強要はせず、聞く耳を持ち、人格を尊重し、真剣勝負すること。

そう思ってる。

その基盤が、「関心」と「気づき」

そう思ってる。

そしてその前提となるのが、「対等」

そう思ってる。


昨日、岐阜のとある町長がセクハラで会見してたけど、おそらく前提が、「トップ」なんだよね。

前提が対等ではないから、あんなことが平気で言える、平気でできる。


「あれでセクハラになるのか?」
「公平性に欠ける」


そんな発言が平気でできる。


トップはもちろん、責任がある。全ての責任はトップにある。
だから絶対、その自覚は必要。

でもその自覚が、意識が、よくない方向に向いてはいけない。
「トップ」という前提が誤った方向に行ってしまってる典型であり、ある意味、必然の事象だったと言えるかもしれない。

そんなトップのもとで働く人たちって、ほんと、不幸以外の何ものでもない。

こんなこと書いたら不適切かもしれないけど、この事象は、第三者にしてみれば、いい教訓であり、反面教師のいい事例。

私は今一度、このことをしっかり心に刻み込む必要がある。

「意識改革」って、それは決して社員だけではなく、多くのトップにも必要なんだろうね、おそらく。


地位や名声ってさ、その上にあぐらをかくためにあるんじゃない。

改めて、自身を戒めるためにある。

「ほんとに、それだけのことをしてるのか?できているのか?」

そう振り返って、姿勢を正すためにある。

そう思うんだよね。


そう、何ら変わらないんだよね、一緒なんだよね。
そこに、人としての差なんて、微塵もない。

そう、みんな同じ。
同じ志を持ち、同じ目標に向かって邁進する。

やることは違えど、業務内容は違えど、そして立場は違えど、向かう先は同じ。

そう、だから対等。

そう思うんだよね。


ということでね、初心に返り、自問自答し、それを改めてしっかり心に刻み、行動していこう。


教訓は、意識していないと見過ごすことも多い。
気づけたこの教訓を、私は決してムダにしてはならない。


そんなことを感じていた、弥生初めの穏やかな春の午後でした。
【105】

親であること   編集  評価

ビーリー (2024年02月29日 15時03分) ID:tHJreXDo


「しょうちゃん、ご飯食べに行こっか」

「食べたくねぇよ」

「いいから行こ」


警察署を出ると振り返って、誰もいないのに深々と頭を下げ、おふくろは私にこう言った。

私はそんなおふくろがキライだった。

なんであんな横着なヤツらに頭下げんだ?
バカじゃねぇの。

そう思ってた。


いつもそう。
オレを引き取ったあとは必ず、食事に連れていった。

そしていつも一方的に、勝手に喋ってた。


「ほんとよく喋るなコイツは」


そう思ってた。

でもなぜかいつも、焦点には一切触れなかった。

なぜ聞かない?
今話すことはそれじゃねぇだろ。
オレは悪かねぇんだから、それを聞けよ。
言い訳させろよ。

そう思ってた。


決して裕福だったわけではない。

オヤジは月に数えるくらいしか帰宅しないほど、馬車馬のように働いていた。
もちろん、おふくろも毎日パート。

外食なんて、そんな贅沢できるような家じゃねぇだろ。
お金は優等生の姉貴に遣えよ、こんなとこで無駄遣いしてんじゃねぇよ。

そう思ってた。


当時は気づかなかったけど、私が問題起こすたび、途中でパートを切り上げてたんだろうな。
そしてそのたび、パート先でも、何度も何度も頭を下げてたんだろうな。


思えば、おふくろに怒られた記憶がほとんどない。

普通怒るだろ?
なぜ怒らない?
怒る価値もないってことか?
オレのことなんてどうでもいいってことか?
姉貴のほうが大事ってことか?

まぁ普通そうだろな。
いい子ちゃんの姉貴のほうが手がかからねぇし、そりゃカワイイわな、大事だわな。

おもしろくなかった。
好き勝手やってたし、毎日楽しく過ごしてたし、不満も別になかったけど、なんかおもしろくなかった。

でもよくよく考えれば、姉貴と私に接する態度は全く変わらなかった。
そこに差なんて微塵もなかった。

そんな、毎日体感していた、ずっと見ていたことですら、私は気づかなかった。

どれだけの迷惑をかけ、そしてそのたび支えられ、助けられていたことに、全く気づかなかった。

自分の力だけで生き、誰の力も借りずに生きていると勝手に思ってた。
誰の力も借りねぇ、いらねぇ、オレはなんでも自分でできる。
弱いヤツだけ助けを求めればいい。

そう思ってた。


でも、気づいた。
こんなバカでも、気づくことができた。

どれだけ周囲に支えられていたか、救われていたか。
自分の力だけで生きているわけではないことに、周囲の支えがあったからこそ、今の自分が存在することに。

気づけた幸せに、今は感謝しかない。


何かしらの決定的な事象があったわけではない。
いつの間にか、自然と気づいてた、理解できていた。

もしかしたら、おふくろはちゃんと、そのように育てていたのかもしれない。


オヤジは、そしておふくろは、どのような思いで私を育てていたのだろう、姉貴を育てていたのだろう。

今でもふと、それを考えるときがある。


私も親になった。

だから、「親であること」

これだけは絶対に死守しなければならない。


オヤジの教育が、そしておふくろの育て方が、正しかったと言うつもりは毛頭ない。

でも決して、間違ってはいない。

私はそれを、証明しなければならない。
私自身の生き様をもって、それを証明しなければならない。

それが、あなたたちの子どもとして生まれた、そしてたくさんの愛情をもらった、私の義務なのだから。


そして私自身、いつの日か、娘にそう思ってもらえるよう精一杯生きていく必要がある。

自らの姿で、態度で、背中で、そして行動で、それを教える必要がある。

それが、親であること。
そういうことなのだ。


多くの言葉はいらない。

図らずとも、意識しなくとも、知らず知らずのうちに見ている、肌で感じている。

それが、親子というもの。


では改めて。
何度も書いてきた言葉。


親として、大事なことは一つだけ。

親であること。

それだけなのだ。
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