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【13】 | RE:メリエル・メルシ いただきだ〜 (2016年08月05日 11時53分) |
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こちらでは お初です >ごく普通の恋愛だと思いますが それはどうかしらん? 一夫多妻国家が何故ないのか(あったか?どうでもいいが) その「ごく普通の恋愛」で めぐり合う相手の子供を産みまくったら その子達の運命は明るいのですかね まさにルールを越えたただの我侭では? 動物界の♂♀と人間は違うのですよ |
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【14】 |
メリエル (2016年08月05日 19時36分) |
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これは 【13】 に対する返信です。 | |||
>動物界の♂♀と人間は違うのですよ 結婚は自然な形態などではなく、法制度です。いつ頃から人間が結婚ということを始めたのか知りませんが、おそらく、農耕が始まってからだろうと思います。たかだか、5千年くらいでしょう。 男たちが、ある女が産んだ子供が、どの男の子供なのかを特定しなければ気がすまなくなってきたのです。なぜ、そんなことをする必要があったのか。人間が財産私有ということをやりだしたからです。 人間だって、もともと野生の生き物であり、性交可能になれば、極端に言えば、誰とでもです。従って、元来「オヤコ」とは「母子」のことです。男の側にしてみれば、どの女が産んだ子供が自分の子供なのか「特定」できません。何しろ、人間の妊娠期間は十か月余であり、受精してから数か月は、妊娠したかどうか分かりません。おまけに、人間の性行動は、他の動物に比べて、はるかに活発です。 「特定」できなければ、財産相続ができません。だから「結婚」という制度が必要になったのです。逆に言えば、財産を持つことが無ければ、結婚という制度も必要ない、ということになります。 では、どうやって「特定」するかというと、何か証文でも作るしかありません。そうすると、少なくとも、結婚が制度化されたのは、文字を持つようになってからということになるでしょうし(文字の無い時代でも、なんか方法があったかも知れませんが)、その証文を認定するための権威ある機関が必要になってきます。その機関とは、政府であったり、宗教団体であったり。 結婚という制度が始まり、人間がその制度の枠内で生きなければならなくなってから、様々なジレンマが生じてきました。一番のジレンマは「もう好きではなくなった相手とは一緒にいたくない」とか「他に好きな人ができた」とかいった自然感情と結婚制度との軋轢でしょう。 そのジレンマを形式的に解決するために生まれたのが「姦通は罪である」という倫理観です。この倫理観が人間の自然感情をがんじがらめに縛り付けてきました。感情よりも制度の方を勝たせた、と言ってもいいかもしれません。従って、この倫理観は男のエゴです。そして、男のエゴであるこの倫理観を女も内面化してきました。 しかる後、この倫理から外れること、即ち、権威ある機関による結婚認定後、他の異性と性交することは、ふしだら、とされてきました。そして、ついには、姦通は犯罪とまでされるに至ったのです。この倫理観がいかに人を苦しめてきたかを精緻に描写して見せたのがホーソーン作「緋文字」です。この作品は、現代においても、世界の名著ベストテンに入ると言われているそうです。他の9つが何なのか知りませんが。 とはいえ、古来、人々は、制度のスキをついて『思い』を遂げてきたわけであります。 >その子達の運命は明るいのですかね アマゾンなどの裸族の生活ぶりを知るといいと思います。そこの子供たちは、私の目には、日本の子供たちよりは幸せそうに見えます。 |
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