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パチ。ー銀玉の運動についてー 妄獣王 編集 (2026年06月01日 17時06分)評価
何度でも、何度でも叫ぶこの酷いパチの妄獣になってもここに残しておきたんだよ、この秘密を。

ボーダーを守る、収支をつける、貯金を利用する。
当たり前レベルでやるべきだと言われてるこれらの行為。
果たしてこれらは本当に正しいのか?

これらパチンコ天動説について異を唱えていきたい。
 

■ 7件の投稿があります。
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RE:パチ。ー銀玉の運動についてー   編集  評価

妄獣王 (2026年06月01日 23時46分)

そしてこれは勝った負けたの概念を崩壊させる事になるかもしれないが、客が勝とうが負けようがパチ屋は何とも思っていないだろう。

客が3万円勝った!と喜んだ所で、パチ屋は負けた!と悔しがるだろうか?
実は一方的に勝ったと思い込んでいるつもりじゃないのか?

ではパチ屋が負けたと思うのはどういうケースだろうか?
近隣の競合店が繁盛してて自店がガラガラなら、その競合店に負けたと思うかもしれない。
後は閑古鳥が鳴き続けて潰れる時くらいだろうか?

そう考えると、勝った負けたは収支で勝手に判断してるだけとも言える。
【6】

RE:パチ。ー銀玉の運動についてー   編集  評価

妄獣王 (2026年06月01日 19時19分)

ボーダーを信仰してる人は、現に自分は勝っている!というのが心の拠り所である。

それはボーダー理論に忠実であるから勝っているのか?
それともたまたま勝てたのか?

再現性があるのか?

そしてボーダー理論に必要なのは回る台である。
それはどのくらいあるのか?容易に座れるのか?
そして、その回る台は誰が用意したものか?

そう考えると、ボーダー理論で勝ったというのは果たして本当にそうだろうか?
回る台というお膳立てがあってこそ、ではないだろうか?
【5】

RE:パチ。ー銀玉の運動についてー   編集  評価

妄獣王 (2026年06月01日 19時10分)

そもそもパチンコはマイナスサムゲームである。

打てば打つほどユーザーは不利になる。

つまり、ユーザーが打つ、稼働が上がるほど店は儲かるのだ。

先ほど言った3つの行為は稼働が上がるのでパチ屋にとっては大歓迎である。
止め打ちや捻り打ちなどはきっちりと禁止したりするパチ屋がボーダー超えの台で粘るのを禁止したりしないのはパチ屋にとって都合が良いとか都合が悪くないからである。

軍団での玉の共有などはパチ屋に都合が悪いから禁止される。
都合の悪い事はどんどん禁止化するのがパチ屋である。

そんなパチ屋で禁止されていないというのはそういう事である。
【4】

RE:パチ。ー銀玉の運動についてー   編集  評価

妄獣王 (2026年06月01日 18時59分)

そう考えると、パチンコは収支に拘るよりも適度な時間で最大限に楽しむ方が最適解ではないか?

だとすると、勝ちに拘る為の初歩的な行動としてのボーダー理論、収支記録、貯玉は避けるべき行為なのだ。

先ず、ボーダー理論というのは膨大な試行回数を求められる。

収支記録は勝っていればもっと伸ばしたい。負けていれば挽回したいと思ってしまう。

貯玉は貯玉があるからと、どれも打ちに行く理由付けになる。
パチンコとの繋がりを強くする行為なのだ。
それが依存症への入り口となる。

依存症になってもいいからはした金が欲しいのか、そうじゃないのか。

恐らく死ぬ瞬間まで依存症でパチンコを打っていれば幸せかもしれないが、それが覚めた時を考えてみてほしい。

私はそうなった。覚めてしまったのだ。
パチンコに費やした時間が全部無駄とは言わない。
そこで得た経験や知識が役に立った事もあるから。

しかし、パチンコに限らず他の全てを犠牲にして1つの物事に没頭するのはとてもリスキーである。
何かの研究などであれば、他の全てを犠牲にする価値があるものもあるだろうが、パチンコにその価値はあるか?無いと即答できるレベルではないだろうか。

そう考えるとパチンコはほどほどに楽しむ方が正解と思ったのだ。
【3】

RE:パチ。ー銀玉の運動についてー   編集  評価

妄獣王 (2026年06月01日 18時32分)

自分の時間や金をどう使おうと勝手だろ!
そう言われたら「そうですね」としか言いようがない。
そういう人と議論しても平行線にしかならないからだ。

パチンコにおける勝利とは何か?
多くの人は収支と言うだろう。
パチンコでいくら勝ったか、それは数値化もされて分かりやすい。

ただ、眉間にシワを寄せながらパチンコを打ち、2万円や3万円勝っても幸せだろうか? 
パチンコで勝ちを追求するならば、好きな台や面白い台でなく勝てる台を打たなくてはいけない。
それでは作業や苦行になってしまう恐れがある。

だったら逆に2万円負けたけど、「すっげー楽しかった!また来よう!」と思える方が幸せなのでは?と。

金銭か心の充足かという話だろうが、私は後者を選びたい。

前述の通りパチンコは収入方法としてはとても効率が悪いので、勝ったとしてもその金額はたかが知れている。
それと心の充足とを天秤にかけたら私は後者の方に傾くのだ。
【2】

RE:パチ。ー銀玉の運動についてー   編集  評価

妄獣王 (2026年06月01日 17時51分)

そもそも、パチンコで収入を得る必要があるのだろうか?

やるからには勝ちたい。パチンコを始めたばかりの人間は特にそう思うだろう。
パチンコで勝つと意図的にレシートや景品を捨てたりでもしない限りは懐は潤う。

とどのつまり……パチンコで勝ちたいというのは収入を得たいという事に直結する。

いつの間にかパチンコで遊ぶという目的が収入を得るに変化してないだろうか?

収入を得るという目的に対してパチンコという手段は著しく効率が悪い。
マイナスという結果も当たり前にあるくらいだからだ。

その効率の悪い手段で長時間パチンコに拘束されるのは、たとえ収支がプラスになっても勝ちと言えるのだろうか?と私は問いたい。
【1】

RE:パチ。ー銀玉の運動についてー   編集  評価

妄獣王 (2026年06月01日 17時35分)

本題に入る前に、私もかつてはそれらを信奉していた。
ボーダー超えの台を見つけたら飯も我慢して閉店までぶん回し、収支をつけて、その内容や増える貯玉にニンマリしていた。

が、それが本当の勝利であり幸せなのだろうか?
ふとしたきっかけでそう考える機会があった。

そこでパチンコにおける勝利とは?等色々と考え、出た結論について書き記していこうと思う。
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