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【4】 | 閃(ひらめ)きはご都合主義か? パチ屋の狼 (2014年07月02日 02時17分) |
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さて、ご都合主義と言うかどうか、ちょっと難しいものに、「偶然の閃き」がある。 一番多いのは推理もので、何かのきっかけで調査役のキャラクター(多くは主人公)が、「そうか!」と閃くシーンは多い。 つまり、それが無かったらキャラクターは閃かず、物語も進展しない。 そして、それらは大抵の場合、偶然が多い。 そういった、偶然の産物を、ご都合主義とするかどうかは、難しいところだと思う。 発明王エジソンも、こういう言葉を残している。 「天才とは、1%の閃きと99%の努力である。」 と。 しかし、中にはどう考えても、全く努力しないで偶然閃いてしまうキャラクターも、あるにはある。 最近大増殖して、一大ジャンルを築いてしまった「ライトノベル(通称ラノベ)」が、それである。 だけど、ここではそれは置いておく。そもそも、本格的物語とライトノベルを一緒にする事自体が無理であるからだ。 読みやすさに重点を置いているライトノベルの内容が濃くなってしまえば、それはもうライトノベルでは無くなってしまうからだ。 だから、ここでは無視する。 さて、推理ものとして有名と言えば、「金田一少年の事件簿」と「名探偵コナン」だと思う。 この2作品をしても、偶然の閃き無しでは、作品が展開しない。 最初から主人公(もしくは推理役)が事件のあらましを全て解っていて、それを立証するための証拠集めをするだけ、の話だったらどうか? それはそれで面白いかも知れないが、それでは単に、そのキャラクターの有能ぶりをアピールするだけ、に終わってしまうかも知れない。 推理役が簡単に、「ああ、この事件はこうなんだな。」と理解してしまい、後は証拠を集めて回るだけだったら? たまにはそういう作品もあるけれど、そればっかりでは、推理役の有能ぶりばかりが目立ち、読者は馬 鹿にされた気分になるかも知れない。 例外として、福本作品の1つ「アカギ」を挙げておく。 天性の才能を持った麻雀打ちのアカギは、はたから見ると何を考えているか、さっぱり解らない。 しかし、話が進み、順を追っていくうちに、彼の狙いが何だったか解る仕組みになっているのである。 同じ福本作品の「カイジ」と違うのは、カイジが途中から天才的閃きをもって自体を打開するのに対して、アカギは最初から全てが計算してあるという事だ。 アカギには閃きが必要ないのだ。むしろ、途中の偶然の閃きによって登場キャラクターが、アカギの考えに気が付く事が多い。 (ただし、アカギがネタバレをするまで気が付かない事もある。) 同じ様な事が、「ライアーゲーム」にも言える。 興味のある方は、調べてみるといいと思う。 |
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Piro3 (2014年07月02日 19時33分) |
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これは 【4】 に対する返信です。 | |||
>アカギには閃きが必要ないのだ。 何をまた馬鹿な事書いてやがんだ。 と思ったが、、、、 ん〜〜〜 アカギにとっては閃きではない。と言われればそうとも取れるかもね。。 ちなみに エジソンは 「閃きのない奴は努力しても無駄」と言ったという説もある。。 |
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