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【364】 | RE:七番目の方角 Piro3 (2014年02月18日 19時30分) |
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>希望とはなんぞや この日本だけでも 自ら死を選ぶ人が年間32000人は居ると言われています。 彼等が何故死を選んだかというと 生き続ける事への希望を失ったからです。 つまり[希望]とは[生そのもの]なのです。 生き続ける為の理由が[希望]とも言えます。 希望を捨てて只只生きている人も居るだろ。 という見方もありますが、 それは[希望を捨てるという行為に生きる希望を見出した人]なので 一見すると対極に見えますが、 その実は同じ。 やはり生きる理由は[希望]なのです。 そして 生きる理由が希望であるなら、 その概念は動物全般に適応されないので [希望とは人間そのもの]と表せるかと思います。 では次回は [生きるとは何か?]について語っていきたいと思うとか思わないとか言いながら 今日はお別れです。 |
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【374】 | ![]() |
SRO魂 (2014年02月20日 10時30分) |
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これは 【364】 に対する返信です。 | |||
さて・・・ 「生きること」について再度考察してみよーか・・・ えっ??何故にこの時間に?? いやはやねぇー(笑) 人は何故生きよーとするのでしょうか? そして何故生きる意味(希望?)を求めようとするのでしょうか? 生まれた意味を求めたり、自分の存在価値を求めたり・・・ 種は子孫を残す使命(本能?)を持っています。 それは自然界の理をみれば自ずと分かる事実だと考えます。 と、同時に自然界では種は常に「死」と向き合って生きています。 では、人はどうでしょう? 現在、地球で考えると人間は食物連鎖の頂点に君臨していると言っても過言ではないでしょう。 他の種に比べ、明らかに「死」と向き合う機会は少ないでしょう。 そうなった時、生は希薄になり、種を残すことは(無意識下に)希薄になるでしょう。 それでも人には生き物として種を残す本能は捨てれません。 それらの矛盾を穴埋めするために人は生きることの希望を求め、生まれた意味を欲するのではないでしょうか? 自殺は・・・言葉は悪いですが、食物連鎖の頂点に君臨したもののみが持ちうる行為ではないでしょうか? もちろん、俺は自殺を推奨する人ではありません。 生きていれば、いつかいいことがあるさと思う人間です。 ただ・・・ 人は・・・ 死に物狂いでは無い時は、いらんことをツイツイ考えちゃう生き物であるっちゅーことですな。。。 俺よ・・・ 死にもの狂いに仕事しろっwww SRO魂(笑) |
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