| ■ 222件の投稿があります。 | 【トピック終了】 |
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| 【222】 |
初代花魁 (2026年08月09日 19時50分) |
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| これは 【トピック】 に対する返信です。 | |||
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豊臣兄弟 第三十一話 「これで、お別れにございます」 三法師、岐阜城に 1582年(天正10年)8月。 清須会議の結果、首尾よく肥沃な山城の国を手に入れた秀吉は、自らの拠点となった山崎城に腰を据えていました。 しかし、天下の覇権へ向けて動き出した矢先、安土からただならぬ急報の書状が届けられます。 なんと、織田信孝が安土城に留まっていたはずの三法師を、独断で自らの本拠地・岐阜城へと連れ去ってしまったというのです。 「戦で焼け落ちた安土城の修繕が終わるまで、我が手元で安全に保護する」というのが信孝の表向きの言い分でしたが、信孝はこのまま幼い三法師を人質のように囲い込み、懐柔することで、織田家を意のままに操る魂胆なのだろうと秀吉は即座に推測しました。 一触即発の空気が流れるなか、小一郎は冷静に「三法師様を力づくで奪い返すのではなく、安土城の普請を総括している丹羽長秀に修繕を急がせ、引き渡しの正当な口実を作るべきだと進言しました。 一方、黒田官兵衛は「信孝様が単独でこれほどの大胆な挙に出るとは思えぬ。背後で糸を引く黒幕がおるはず」と、周囲の不気味な連動を警戒しています。 ↓↓↓ |
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| 【221】 |
初代花魁 (2026年08月09日 19時49分) |
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↓↓↓ 「だからわたしはここにいるのです」 同じ頃、秀吉の策略によって柴田勝家と夫婦になり、越前・北庄城へと移っていた市の元へ、秀吉からの書状が届いていました。 広げた書状に並んでいたのは、「信孝殿の行為は清須での取り決めに明白に反する。もしこの一件に柴田勝家が関わっているのなら、ただちに手を引くよう、妻として夫を諌めてほしい」という、尊大な警告の文面でした。 かつて秀吉は、この婚姻こそが織田家のためだと話していましたが、聡明な市は、秀吉の肚の底にある「織田信長に成り代わろう」という凄まじい野心をすでに見抜いていました。 市が勝家への輿入れを承諾したのは、秀吉に従うためではなく、秀吉の手から織田家を死守するため、あえて織田の宿老である勝家に我が身を預けた、決死の対抗策だったのです。 逆臣・秀吉を討つ。 市は怒りに震える手で、秀吉の書状を無残に破り捨てました。 ↓↓↓ |
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| 【220】 |
初代花魁 (2026年08月09日 19時48分) |
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↓↓↓ 秀吉への反発 一方、京を立った小一郎は、丹羽長秀が新たに居城とした近江・坂本城を訪ねていました。 長秀を動かし、一刻も早く安土城の普請を急がせようという目論見でした。 しかし、対面した長秀は冷たく小一郎を拒絶します。 そればかりか、長秀は清須以降の秀吉の専横と増長に対し、言い放ちます。 すっかり上様の後を継いだ気でおるのか。 筑前に伝えよ。 もはや共に三法師様をお支えることなどできぬと。 かつては好意的だった長秀からの、絶縁の言葉。 小一郎はそれ以上言葉を返すこともできず、城を追い出されてしまいました。 重い足取りで坂本城の門を出た小一郎は、そこで偶然にも、勝家陣営に属している前田利家と鉢合わせをします。 せめて利家から勝家の具体的な動向を探ろうと必死に声をかける小一郎でしたが、かつては親しかったはずの利家もまた、今の秀吉に対して剥き出しの敵意と冷ややかな視線を浴びせるだけでした。 ↓↓↓ |
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| 【219】 |
初代花魁 (2026年08月09日 19時48分) |
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↓↓↓ 信長の葬儀 味方だと思っていた織田の重鎮たちが、次々と秀吉包囲網を形成していくーー。 山崎城の一室で、孤立無援を予感した小一郎が、危機感を露わにして兄・秀吉に警告しています。 周囲に敵を増やしすぎた現状を打破するため、小一郎は勝家や長秀らとの「和解の場」を設けるための奇策を提案。 それは、織田家の正統な後継者である幼き三法師を喪主に据え、天下に羽柴の正当性を示しつつ、大々的に信長公の葬儀を執り行うというものでした。 ところが、その目論見は無残に打ち砕かれます。 織田家の諸将へ送った案内に対し、返ってきたのは一斉に参列を拒絶する書状の山でした。 ーーなんと、信長公の四十九日法要は、すでに市を喪主として、京の妙心寺で密かに営まれていたのです。 そこには織田信孝、柴田勝家、丹羽長秀、さらには池田恒興に至るまで、織田家の主だった面々がことごとく参列していました。 自分だけが完全に蚊帳の外に置かれていたという衝撃の事実。 それを知った瞬間、秀吉は、真に戦うべき恐るべき敵が、浅はかな信孝や無骨な勝家などではなく、織田の血を体現する「市」その人であることを、悟ったのです。 1582年(天正10年)10月 そのままでは終われない秀吉は、信長の血を引く自らの養子・秀勝(信長の五男)を喪主に担ぎ出し、妙心寺に対抗して大徳寺でさらに大規模な葬儀を強行するという、力ずくの報復措置を決断しました。 ↓↓↓ |
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| 【218】 |
初代花魁 (2026年08月09日 19時47分) |
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↓↓↓ 小一郎と市 一方、その頃の岐阜城。 市と勝家は、信孝に対して「三法師様をひとまず安土へお返しなされ」と強く促していました。 しかし、秀吉への激しい対抗心に狂う信孝は、頑として応じることはありません。 身内の足並みをも乱れ始めたその北庄城へ、小一郎が単身、決死の覚悟で乗り込んできました。 小一郎は市との面会を果たし、必死に言葉を紡ぎます。 自分たち羽柴家は、決して織田家をないがしろにするつもりなどないこと、どうか共に生きる道を模索してほしいと訴えかけました。 しかし、市は、もはやかつてのような関係には戻れないと冷酷に突き放します。 そして、真っ直ぐに小一郎を見据え、今の秀吉の暴走を支える覚悟が本当にあるのかと、その魂を試すように問いかけました。 この私を殺してみよ。 織田家を滅ぼすとはそういうことじゃ。 できぬのならお前らに勝ち目はない。 兄上の志は、この私が受け継ぐ。 そなたらなどに渡さぬ。 織田信長の生き写しのような、凄まじいまでの威風と殺気。 その言葉の重みに、小一郎は一歩も動けず、ただ圧倒されるしかありませんでした。 ↓↓↓ |
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| 【217】 |
初代花魁 (2026年08月09日 19時47分) |
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↓↓↓ 秀吉の調略 しかし、時代は市の執念をも超える速度で、秀吉の手によって裏から塗り替えられていました。 丹羽長秀の元を、前田利家が訪ねます。 長秀は「筑前(秀吉)につくことに決めた」と利家に明かします。 驚く利家に対し、長秀は秀吉から届いた一通の書状を見せました。そこには、秀吉の天才的な裏工作によりすでに調略され、羽柴側に寝返った諸将の名がズラリと連なっていたのです。 さらに秀吉は、黒田官兵衛の鮮やかな調略により、信孝の兄である織田信雄をも完全に味方に引き入れることに成功していました。 「信長公の次男・信雄様が、我が陣営におられる」 これ以上ない完璧な大義名分を手に入れた秀吉。もはや迷いはありませんでした。 秀吉と小一郎は、反旗を翻した信孝の立てこもる岐阜城へ向けて、ついに天下分け目の大軍勢を出陣させる決意を固めたのでした。 |
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| 【215】 |
初代花魁 (2026年07月26日 21時03分) |
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豊臣兄弟 第三十話 「 清須会議」 【名代候補】 1582年(天正10年)6月 本能寺 そして山崎の激戦の火が消えぬまま 時代の主導権を巡る次なる戦いの幕が上がろうとしていました 織田信長亡き後の後継者 そして広大な領地の分配を決める 「清須評定」 が尾張・清須城で行われることになったのです 順当に行けば 信長とともに二条新御所で果てた嫡男・織田信忠の忘れ形見である幼き三法師が家督を継ぐのが最も妥当な道でした しかし 三法師はまだわずか3歳 元服までは 誰かが名代となり 織田家の舵取りを預からねばなりません 血筋の正統性で言えば 信長の次男であり一門衆の筆頭たる織田信雄ですが 度重なる失策を犯し 生前の信長から完全に愛想を尽かされ見限られていた過去がありました 一方 その弟で信長の三男である織田信孝は 「山崎の戦い」で明智光秀を討った総大将としての輝かしい功績を盾に 「我こそが名代にふさわしい」 と鼻息荒くしていました 誰もが己の野心を胸に秘め 清須の街には一触即発の緊迫感が漂います 【秀吉の準備】 「上様の思いを継ぐ」 という壮大な野望を現実のものとするため 小一郎にも評定に同行してほしいと頼み込む秀吉 悲しみの中にいる慶の傍についていたい小一郎ですが 慶の 「この世を変えてくだされ」 という言葉に後押しされ清須行きを決めました 秀吉は まだ幼い三法師の身にまとわせるための 絢爛豪華で立派な小袖を用意するよう 長浜の家族たちに頼みます 織田家の未来を塗り替えるための策を懐に忍ばせ 秀吉と小一郎は 宿敵たちが待ち受ける清須城の巨大な門へと堂々と乗り込んでいきました 【清須城の一室にこもる市】 柴田勝家が市に謝罪した後 市の部屋に向かう秀吉 秀吉 力をお貸しくだされ ↓↓↓ |
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| 【214】 |
初代花魁 (2026年07月26日 21時02分) |
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↓↓↓ 【小一郎の準備】 清須に到着した小一郎は 息つく暇もなく評定に出席する有力武将たちの元へ足を運びます 織田家の重鎮・丹羽長秀はどこまでも腹の内を明かさず 不気味な沈黙を保っています 一方 池田恒興は 「信雄様を推すのが世の習い」 と不敵な笑みを浮かべ 小一郎を牽制 察した小一郎は 恒興と信雄の裏での繋がりを探るべく 直接信雄の陣へと出向きます 小一郎はあえて下手に出ながら 信雄が名代となった暁には 重要拠点である摂津を秀吉に任せてほしいと揺さぶりをかけました 即答できず あからさまにたじろぐ信雄 その隙を 小一郎の鋭い眼光が見逃すはずはありません すかさず言葉を重ねて追い詰めます 小一郎 もしや先にどなたかとお約束が? そういえば池田殿が… 待て…摂津は筑前にくれてやるわ まんまと裏取引の尻尾を掴んだ小一郎は 評定を翌日に控えた夜 各武将の動向を秀吉に報告します 摂津一国を餌に信雄に釣られた池田恒興は信雄推し 柴田勝家は かねてよりの約束通り三男の信孝推し 依然として丹羽長秀の動きだけが読み切れません ↓↓↓ |
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| 【213】 |
初代花魁 (2026年07月26日 21時01分) |
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| これは 【トピック】 に対する返信です。 | |||
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↓↓↓ 【清須会議】 戦況を冷静に分析した秀吉は、あえて当事者である信雄と信孝を抜きにし 柴田勝家 丹羽長秀 池田恒興 そして己を加えた宿老4人による直接対談という奇策を提案しました その夜 織田家の命運を握る4人がついに膝を突き合わせ睨み合います 信孝派と信雄派 勝家と恒興の意見が真っ向から激突し 火花を散らすなか 意外な提案を口にする秀吉 秀吉 我らみなでやりませぬか? 信雄でも信孝でもなく 4人がそれぞれの強みを生かし 全員で幼き三法師を支える 「合議制の後見役」 となるべきだと主張したのです 市を娶る 「口車に乗せようとしている」 と一蹴する勝家に 秀吉はさらに用意していた とっておきの毒饅頭を差し出しました それは 信長の最愛の妹であり 絶世の美女と名高い市を 勝家が妻として娶るという衝撃的な提案でした 秀吉には 信長から授かった養子の秀勝がおり 長秀の妻は信長の親族 恒興は信長の乳兄弟 自分たちに比べて織田家との血縁が薄いことを気にする勝家に対し 「勝家様も織田家と深いつながりを持つべきだ」 と 秀吉はもっともらしい大義名分を並べ立てたのです これこそ 秀吉が事前に市のもとを訪ね 「織田家のため、勝家様に嫁いでほしい」 と涙ながらに頼み込み 執念で承諾を得ていた 勝家を骨抜きにするための大罠でした その時 駆け込んできた小一郎 小一郎 三法師様がおられぬ 4人は手分けして三法師を捜します ↓↓↓ |
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