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【35】 | RE:思うことあり グリーンヘッド (2023年06月11日 20時24分) |
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こんばんは。千秋楽さん。 >ストップボタン取付を規則化した人が天才ですね そうなんですね。あのストップボタンは規則だったんですね。 そういえば、本場のアメリカではプレイヤーが自分で止められるボタン等をスロットマシンに付けてはいけない、と聞いたことがあります。 技術介入させないため、機会の平等のためだとか。 ジャグラーっていつからあるですかね? 私も気が付いた時には、Aタイプの覇者的なポジションでしたね。 番長はサラ番は、よく打ちました。 |
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千秋楽 (2023年06月14日 22時47分) ID:TsVzHnZb |
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これは 【35】 に対する返信です。 | |||
お疲れ様です ジャグラーは4号機からですね 1996年登場です 1998年頃のパチスロ必勝ガイド誌に「ジャグラー生みの親」と言われている北電子川崎さんのインタビューが載ってまして、曰く ・当時の北電子は経営が傾きかけてた ・会社の前途に見切りを付けて去って行く人も多かったが自分は「職場が倒産なんて滅多に機会が無いから最後まで残ろうと思った」(ポジティブww) ・ジャグラー発売、しかし鳴かず飛ばず ・馴染みのホールに安値で買って貰う 「安く買えたんだから設定入れて客に還元して」とお願いしたらしい ・のめり込み対策等の業界自主規制でスロットモーニング廃止(告知ランプが付いてるジャグラーはモーニングに向いてなかった) ・上記はジャグラーにとってはある意味「神風」だったそう ・ジャグラー売れ出す、生産追いつかなくなる ・ご本人は昼間に案件取って夜は工場でバイトに混じって台を組み立て→翌朝に納品みたいな生活を繰り返してたそう ・完全な超過労働だったが、「売れてる会社ってこんな感じなんだ!!」と感動したとのこと(とにかく超ポジティブ) 四半世紀も前の雑誌インタビューですが、何度も読んだので大筋は合ってると思います 今や覇権のジャグラーも苦難の時期があったんですね |
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