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カンパチ・ベルガーXII かンパチ (2015年02月13日 14時37分)評価
気ままにーその2

■ 3件の投稿があります。
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RE:カンパチ・ベルガーXII  評価

かンパチ (2015年02月14日 00時11分)

映画「細雪」のBGMを聞いてて、

「なんか、聞いたことあるな。なんだっけ」

と思ってたんですが、やっと思い出しました。


ヘンデルの「オンブラマイフ」でした。
【2】

RE:カンパチ・ベルガーXII  評価

かンパチ (2015年02月13日 14時40分)

義理と人情、う〜ん、どう理解すればいいのでしょうか。

ベネデイクト著「菊と刀」(この本は、もう、手元にないのですが)に、確か、義理というのは、お金の貸し借りになぞらえると分かりやすい、というようなことが書いてありました。

人様の世話になったり、何か贈り物をされると、「借りができた」ことになります。借りたものは返さなければなりません。つまり、義務が生じます。

義務を背負うというのは、不快なことです。多分、大脳の不快を感じる部分が活性化するんじゃないでしょうか。

その不快から解放されるためには、できる限り早く返済しなければならない、ということになります。

返済すると、「義理堅い人」という評価を得ることができます。言い換えれば、信用される、ということです。現代用語でいえば、「信用創造」です。

カード社会が始まって久しいのですが、信用というのは、何もしないでいたのでは生まれません。とりあえず、一回、借りて返す、という行為をすることで、信用が生まれます。

借りたものを返すということを繰り返すと、ますます信用が高まっていきます。

「あの人は必ず返してくれるから、安心して貸せる」という評価を得ることができます。銀行と企業の関係がそうです。

多分、義理というのは、そういうことではないかと思います。

ただ、できるだけ義務は背負いたくありませんから、日本人は、できるだけ人様の世話にはならないようにしよう、という気持ちが強いように思います。

「小さな親切、大きなお世話」というのも、そこから来てるんだろうと思います。「親切にされると、お返ししなければならない、という義務を背負わされるので、小さな親切なんか、やめてくれ」ということじゃないでしょうか。

ところで、借りたものをどうしても返せなくなる場合があります。その場合、まずは、「不義理をお許しください」と詫びを入れることになりますが、

では、貸した側が、「詫び」を受け入れるかどうか。

「菊と刀」に、人情についてどう書かれてたか忘れましたが、

多分、貸した側が「詫び」を受け入れたとしたら、それが「情」ということになりはしませんか?。

「情」を感じるというのは「快い」ものです。大脳の「快」を感じる部分が活性化するんじゃないでしょうか。

もしかしたら、人情というのは条件付きの愛、と言えるかもしれません。

というのも、愛というのは、相手を全面的に受け入れることですが、おそらく、人情というのは、まずは、相手が信用できる人物(=善人)であるということを前提に、「お前さんは、十分に義理を果たしてきた(あるいは、頑張ってきた)、もう無理しなさんな」と、情をかける、ということなのかな、と。

すると、こういう場合が考えられるわけです。

相手が、借りたものを返さないで平気でいる人物、即ち、信用できない人物(=悪人)だったら、どう対応するか。

それでも情をかけるか、それとも処罰するか。
処罰して反省したら、情をかけるか。
あるいは、とりあえず、1回は情をかけてみるが、2回は許さん、とするか。

ただ、悪人というのは、反省ということをしません。反省した振りはしますが。

人が人に情をかける場面というのは、他にもあるかもしれませんが、おそらく、基本的には、善人にしか情をかけないのではありませんか。

義理と人情の限界がここにあるような気はします。

悪人を善へと導く、という仕組みが欠けているような・・・。

義理と人情の社会というのは、信用(=善)をベースにし、悪人を締め出す社会、ということになりはしないでしょうか。

と、結論付けるわけにもいかないと思いますが、とりあえず。
【1】

RE:カンパチ・ベルガーXII  評価

かンパチ (2015年02月13日 14時39分)

これ、コテハン。



また、気ままにカキコします。
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