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トピック
泣け (%) (2010年02月07日 00時14分)評価
まああれだ
泣けや

スタート!

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【100】

パパのメール  評価

(%) (2010年05月30日 21時06分)

姉と妹は母と、私は父と、それぞれ仲がいい。

去年の秋、父が亡くなった。

父の携帯は解約したけど、家で話す相手のいない私は父のメアドにメールを送った。
「パパに会いたい」「パパ助けて」「もう死にたい」…
宛先不明で返って来るのに、バカみたいに泣いて何通も送っていた。

受験前、母からメールが入った。

タイトルは「パパより」

もう正直、最初は「はぁあぁっ?」って感じで本文を読む気にもなれなくて放っておいた。
でも、なんか、試験の前日になってメールを開いたら

「パパはいつでも君を見ています。
 パパは今も君の傍にいます。
 君はパパの宝物、
 いつまでもいつまでも愛しています。」

「なんだよ、パパのフリしてんじゃねーよ、バーカ」って言いながら、涙が止まらなかった。

家に話す相手がいないのは、私が話しかけなかったから。
話しかけられても、私が無視していたから。

本当はみんなわかってたけど、自分からは何も変えられなかった。

このメールはそんな私を心配して、パパがママの心を通じて送ってくれたメールなんだ。

母のアドレスの父に、私は返信した。
「パパ、私は大丈夫だよ。大好きな家族がいるからね」
【99】

ただいま  評価

(%) (2010年05月17日 20時28分)

今から10年程前ちょっとした言葉の食い違いから両親と4年間連絡を絶っていた時期があった。
その当時は、あんな親なんかいなくても自分ひとりで生きていくつもりでいた。
しかし、自分も年齢を重ね社会にでていろいろなことを学ぶうちに、いつまでこんなことを続けるのか?という気持ちが生まれ始めてきた。
しかし、親に大見栄を切った手前、自分から連絡することが出来ずにいた。

そんなある日、父から手紙が届いた。
「もう充分だろう。一度帰って来い」と…。
父は、私の居場所を知っていたのだ。
知っているのに知らないふりをして見守っていてくれたのだ。
そんなことも知らずに、一人いきがっていた私。
なんて子供だったのだろう。
家の中では気の強い母の尻に敷かれていた父。
しかし、私と母がどんなに衝突しても私の味方についてくれた。
そのとき、今までのことを素直に謝れる気がした。実家に帰る決心がついた。

懐かしい玄関の前に立ち、チャイムを鳴らすとあの頃よりもちょっと老け込んだ母と、大きくなった弟が、あの頃のように出迎えてくれた。
四年前の空気が変わらずそこにはあった。

そして、何気なく玄関を見渡し、私は動けなくなってしまった。
そこに飾ってあったのは、私が高校生のときに授業で作った七宝焼きの皿だった。
上を見上げると、私の作った壁掛け時計もある。
…四年前と変わらずに。

母は、こんな私の作ったものを変わらずに飾っていてくれたのか。
それを見て何を思っていたのか。
私はといえば、実家に関するものはすべてしまい込み、それについて考えないように、いや、あえて嫌いになろうとし続けてきた。
私は何をしていたのか…。

涙をこらえて、こう言うのが精一杯だった。
「ただいま…」
涙で曇って顔は見えなかったが、お帰りと明るく言う母の声は何も変わるところはなかった。
【98】

RE:泣け  評価

N,マーヴェン (2010年05月15日 02時20分)

お母さんに精神薄弱なんて失礼すぎる。

妹もいるのに…

親父はどうなの普通なの?
【97】

お母さんごめんね  評価

(%) (2010年05月15日 01時31分)

人前ではほとんど泣いたことのない俺が、生涯で一番泣いたのはお袋が死んだ時だった。

お袋は元々ちょっとアタマが弱くて、よく家族を困らせていた。
思春期の俺は、普通とは違う母親がむかついて邪険に扱っていた。
非道いとは自分なりに認めてはいたが、生理的に許せなかった。
高校を出て家を離れた俺は、そんな母親の顔を見ないで大人になった。
その間実家に帰ったのは3年に1回程度だった。

俺もいい大人になり、それなりの家庭を持つようになったある日、
お袋が危篤だと聞き急いで病院に駆けつけた。
意識が朦朧として、長患いのため痩せ衰えた母親を見ても、
幼少期の悪い印象が強くあまり悲しみも感じなかった。


そんな母親が臨終の際、俺の手を弱々しく握りこう言った。
「ダメなおかあさんでごめんね」
精神薄弱のお袋の口から出るにはあまりにも現実離れした言葉だった。
「うそだろ?いまさらそんなこといわないでくれよ!」
間もなくお袋は逝った。
その後葬式の手配やらなんやらで不眠不休で動き回り、
お袋が逝ってから丸一日過ぎた真夜中のこと。
家族全員でお袋の私物を整理していた折、一枚の写真が出てきた。
かなり色褪せた何十年も前の家族の写真。
まだ俺がお袋を純粋に大好きだった頃。みな幸せそうに笑っている。
裏には下手な字(お袋は字が下手だった)で家族の名前と当時の年齢が書いてあった。
それを見た途端、なぜだか泣けてきた。それも大きな嗚咽交じりに。
いい大人がおえっおえっ泣いてる姿はとても見苦しい。自制しようとした。
でも止めど無く涙が出てきた。どうしようもなく涙が出てきた。

(俺は救いようがない親不孝ものだ。格好なんて気にすべきじゃなかった。
やり直せるならやり直したい。でもお袋はもういない。
後悔先に立たず、とはまさにこれのことだったんだ。)

その時、妹の声がした。
「お母さん、笑ってる!」
皆布団に横たわる母親に注目した。
決して安らかな死に顔ではなかったはずなのに、表情が落ち着いている。
うっすら笑みを浮かべているようにさえ見えた。
「みんな悲しいってよ、お袋・・・。一人じゃないんだよ・・・」
気がつくと、そこにいた家族全員が泣いていた。

・・・あれから俺はことあるごとに両親は大切にしろと皆に言っています。
これを読んだ皆さんも、ご健在であるならばぜひご両親を大切にしてほしい。
でないと、俺のようにとんでもない親不孝ものになっちゃうよ・・・。
【96】

RE:苺のショートケーキ 4  評価

(%) (2010年05月06日 02時02分)

妹は俺たちが来たことに気付いたらしく妹が本当に小さな声でいったんだ。
苺、おいしかった?って。
それは前に何度も言った言葉だった。
荒げる呼吸の中なのに何故かはっきりと聞こえた。俺はうなずくことしかできなかった。
「次は俺のをあげるからまた一緒に食べような。」って言ったら「今度、食べるときも、あたしのを、あげるよ。」って途切れ途切れに返してきた・・・・・・。
もう、我慢出来なくなってた。
俺はボロ泣きだった。

苺なんていらないからこれからも一緒に話しをしてくれよ。
これからも一緒に笑ってくれよ。
前みたいに一緒に遊びに行ってくれよ。
楽しい場所、いっぱい知ってるんだよ・・・・・・。
1人じゃつまんねぇよ・・・・・・。
俺は本当に・・・・・・本当にそう思っていた。
でも、そんなこと絶対に言えなかった。辛いのは妹だったんだから。
「そんなこと言ってると、これからもずっとお前の苺を食っちまうからな。」
笑いながらそんな冗談を飛ばした。俺は泣いてたのに。
たぶん、変な顔になってたんだろう。

妹は笑っていた。俺は泣いてるのに笑って、お前は苦しいのに笑って。
本当に変な兄妹だったな、俺たち。

あんなに苦しんでいたのに逝く時は本当にあっさりだった。
治ってしまったのかと思えるほど朗らかな顔。ただ眠っているだけにしか見えない顔。
なのに、なんでその顔に白い布をかけるんだよ。
俺たちの顔を見れなくなるじゃないか・・・・・・。
俺たちともう話せなくなるじゃないか・・・・・・。
もう泣くことしかできなかった。
あんなに泣いていたのにまだ涙は枯れなかった。

俺はダメな兄ちゃんだった。
ただ会いに行って話をするだけで。
俺はお前からたくさんの大切な物をもらったのに、俺はお前に何か伝えてやれたんだろうか?
俺の気持ち、伝わってたか?
こんな俺たちの日々を誰かに伝えたくて、今こうして文字にしている。
あれから二年、俺は勉強したかいもあり無事大学にも合格し、一段落ついた。
二年たった今でもはっきりと覚えているお前の笑顔。
遅くなっちまったけどあの時言えなかったあの言葉を言わせてくれ。

苺、おいしかったよ。
ありがとう。
【95】

RE:苺のショートケーキ 3  評価

(%) (2010年05月06日 02時02分)

次のお見舞いの日に、いつも食べていたようなスーパーで買う苺ショートケーキとは違って専門店の高い苺ショートケーキを買っていった。
苺も本当に大きくて甘そうだった。それをみて妹は大はしゃぎ。
苺のショートケーキを渡したら、本当に久しぶりに顔で合図をしてきたんだ。
そのことが本当は嬉しかったけどいつものように「はいはい・・・・・・」って感じで苺を渡そうとした。
でも、それを妹が遮った。

「今日は兄ちゃんが私の苺も食べて」って・・・・・・。
俺は一瞬呆気にとられていた。だって久しぶりのショートケーキでしかも高い奴なのに。
なんでそんな事するんだって聞いた。理由を聞いても「いいじゃん。」ってくびを振るだけ。
俺も初めはしぶっていたんだがどうしてもって言うから素直に貰うことにした。
その様子を見て妹は本当に嬉しそうな顔をした。
で、一緒に食べた。苺のショートケーキ。
それで妹が聞いてきた。
「苺、おいしかった?」って。
俺はうなずいた。本当においしかった。

あの時改めて思ったのが「食べ物は一緒に食べる人によって味がかわるもんだな」って。
どういうわけか、同じ苺なのに妹の方が甘く感じるんだ。気持ち一つでここまで変わるんだなって正直びっくりした。
その後もいつものように何気ない話をして笑った。
その中で、やっぱり親父が妹に言うんだよ。
「元気になって退院したら何処か行きたいところはあるかい?」って。
俺は、遊園地かそこらだろうかって考えてた。
妹はちょっと考えてから
「家に帰りたい。」「家のテーブルでみんなと一緒にお母さんのごはんが食べたい。」って・・・・・・。
俺、自分の考えの浅はかさに怒りを覚えたよ・・・・・・。
今の妹にはそんな当たり前のことですら願いごとに値するほどなのに。
病室にいられなくなってトイレに行って泣いた。もう、わけがわからなくなって。
親父と母さんはさすが大人だと思った。
家に帰るまではずっと笑顔のままだったんだから。

ついにその日がきた。あのときも朝だった。
今度は目覚ましでなんて起きない、親父の怒声でおきた。容態が急変したらしい。
着替える暇もなくパジャマのまま車にのって病院にいった。
妹は呼吸を荒げていた。遠くからでもわかりそうなぐらいに荒かった。
病院に行ったあの日よりも辛そうな顔にいっぱい汗をかいてた。
母さんが妹の手を握ってた。母さんの手は真っ白になってた。
それぐらい力が入ってたんだと思う。
【94】

RE:苺のショートケーキ 2  評価

(%) (2010年05月06日 02時01分)

学校の部活も休部にさせて貰って友達の誘いも全部断ってずっと学校から病院に直行。
初めは恥ずかしいのか知らないけど「毎日来なくていいよ。」って言われたりした。
でも、病院なんてやっぱりつまらない場所だからすぐに「早く来てよ!」って言うようになった。
大抵は母さんがそばについていたんだがどうしても居ない日とかできたりしたから
そんな日はこっそり学校休んでずっとついててやってた。

俺あんまりしゃべるのうまくないんだけど、一生懸命話すと妹も笑って聞いてくれた。正直、何度も同じ話をしたと思う。
でもさ、ずっと笑いながら聞いててくれたんだ。
一度、「おまえはよ、俺には勿体ないぐらい良い妹だな。」って言った時、とびっきりの笑顔で答えを返してくれた。
あの時は本当にうれしかった。
これ書いてる今でも鮮明に覚えているぐらいだからな。

それから二ヶ月ぐらいたった頃だった・・・・・・。
久しぶりに家族そろって病院に行った。
入院した頃に比べたら妹は本当に痩せてて触ったら折れてしまうんじゃないかってぐらい細い腕になっていた。
それはそうだ、ずっとベットの上で大して動けずにずっと、食べやすいようにされたどろどろの病院食と点滴だけだ。

一度、お見舞いの時に苺のショートケーキを買って持っていったんだが、その時は食べることをゆるされなかった。
目の前にあるのに食べられないっていう辛い思いをさせてしまったから、その日以来、食べ物は持っていかないようにしてた。

でも、その日は違った。
親父がいきなり「何か食べたいものはあるか?」って言った。
俺は不思議に思っていたんだが、妹はそんな俺にはお構いなしで大喜びだった。
案の定、苺のショートケーキが食べたいって言った。
親父は奮発して高いのを買ってやるって言ってた。
その日は本当に久しぶりにみんなが大笑いできた日だった。

病院の帰り、車の中で俺はさっき思っていたことを親父に聞いた。
「もう、普通の食事をしてもいいのか?ってことはよくなってるんだよな!?」って嬉しくて大声で言った。
そしたら、親父は黙り込んだ。どういう訳か母さんも俯いてた。
さすがに俺も薄々感づいてた。
親父は言った。
「先生(医師)の話では、もう長くはないそうだ。」
そんな、本当にそんな素っ気ない言葉で俺は頭の中が真っ白になっていた。
妹の体は衰弱しきっていたらしい。
何のための苦しい手術だったんだ。
何のための長い入院生活だったんだ。
まだ何か言ってたけどあんまり覚えてない。母さんは横で泣いてた。
その時俺はどうして良いかわからなかった。
【93】

苺のショートケーキ 1  評価

(%) (2010年05月06日 02時01分)

俺には歳が六つ離れた妹がいた。
俺は小学校の頃からずっと体育5とかで元気だけが取り柄みたいな子供だったんだが、妹はちょっと体が弱くて少し体調を崩すと何日も熱で寝込んじゃうくらいだった。
そんな事もあってかお互いケンカもほとんどなく本当に仲良く楽しく暮らしていた。
結構妹に甘くて、いつも何か頼み事されたら断り切れないでそれを聞いてしまう。

例えば、苺のショートケーキがおやつに出たら、出た瞬間にはもう妹が顔で合図してくる。
俺も馴れたものでそれだけで「はいはい・・・・・・」って感じで聞いてしまう。
そしたら妹は、たった一つの苺で大はしゃぎする。あれを見たら苺の一つや二つなんかまじで安いもんだって思った。
本当にそんな何でもない日々を過ごしていた。
でもさ、現実なんて本当にもろいもんだった・・・・・・。

俺が高校2年生の時だった。
その日の朝もいつもと変わらない朝のはずだった。
いつもの目覚ましで起きて、いつもの制服に着替えて、いつもの道を通って学校に行く。
そんな何でもない日だったはずなのに、朝起きたら両親がやたらと騒いでいた。
朝からうるせぇなぁとか思いながら両親が騒いでる居間に行くとそこで顔面蒼白の妹が横になって呻いていた。
今までの熱とは明らかに違うような感じで、もう誰が見てもわかるくらいに
「苦しい・・・・・・辛い・・・・・・」って顔だった。
さすがに俺もびびって、すぐ妹に話しかけた。
そしたら、本当は苦しいはずなのに「いつもの熱だから大丈夫だよ。」って笑って言った。
そんなわけ絶対になかったのに・・・・・・。

親父が救急車を呼んですぐ病院に直行、すぐ集中治療室に運ばれた。
ドラマとかであるだろ?集中治療室の前で待ってる場面とか。
俺もよく見たけどあの時は本当に気が狂いそうになった。
次から次へと嫌なことばかり考えてしまう。本当に生き地獄だった。
その日の手術は無事終わったが話によるとこれからもあと何回か手術を受けなければいけないらしい。
もちろん妹はそのまま入院。

退院の日にちを教えて貰うなんて甘い状況ではなかった。
次の手術の心配をしなければいけない状況だった。

妹はいつも「自分の熱のせいでいつもみんなに迷惑かけてるからあたしは悪い子だね」って言ってた。
今思えば、どんなに苦しくてもいつも笑いながら「大丈夫だよ。」って言ってたのか。
そんなことにすら気がつかなかったのに俺は「心配するな、誰もそんな風に思ってないよ」って言ってた。
妹はずっと笑っていた。恥ずかしい話だよ、本当に。

俺は、何で小学生の子供がこんな我慢しなきゃいけないんだって本当に何度も思った。
年甲斐もなく「神様、助けてください」とかもやった。
無駄かもしれないってわかってたけど本当に藁にもすがる思いだった。
お見舞いには毎日行ってたんだが妹は全身チューブ姿。俺は初めてその姿を見たとき、本当に怖かった。
このまま、もうだめなんじゃないかって・・・・・・。
でも、あいつの顔をみたらそんなバカな考えが一瞬で吹きとんじまった。
その時、俺もしっかりしなきゃだめだって改めて思った。
【92】

恋愛で泣いた  評価

(%) (2010年05月01日 20時11分)

高2の夏、僕は恋をした。
好きで好きでたまらなかった。

その相手を好きになったきっかけは、僕がクラスでいじめにあって落ち込んで、 生きる意味すらわからなくなって一人教室で泣いていた時に彼女がそっと僕に近寄って来て、
「○○に涙なんて似合わないぞ。ほら、笑いなよ!
私、笑ってるあんたの顔好きだよ。」
といってくれた。

それからは僕は、いじめられてもずっと笑ってた。
泣くこともやめた。そうすると次第にいじめもなくなって気がつけば友達もたくさんできていた。あのときの僕を救ってくれたのは間違いなく彼女の一言だった。

それ以来ずっとずっと彼女を想い続けて気がつけば高校の卒業が近づいていた。その間何度も何度も告白しようとした。でも好きだから、好きすぎたから失うの が恐くて実行はできなかった。しかし、卒業が間近になってようやく覚悟を決めた僕は卒業式の日に彼女に告白することを決心した。

そんな卒業式の三日前の朝、いつものように彼女におはようを言おうと思って教室を見回したが彼女の姿はない。
入試も近いし、今日は休みなのかと気を落としていた。

そのとき担任の先生が暗い顔をしながら教室に入ってきていきなり僕たちにこう告げた。
「××さん(彼女の名前)が昨日、学校の帰りに車にはねられ意識不明になり、今朝病院で亡くなりました・・」と。

何を言ってるのかわからなかった。状況が理解できない僕はみんなが泣いてる中で泣くことすらできなかった。
そしてお通夜の日、棺おけの中にいる清められた彼女の姿を見た時になってようやく涙がこみ上げてきた。

祭壇目をやると彼女の写真が目に映った。
彼女は笑ってた。そのときふと彼女が僕に言ってくれたあの言葉を思いだした。僕は笑った。他の参列者の目には人の死を前にして笑顔を浮かべる僕はどう、うつっただろうか?
それでも僕は彼女の写真を見ながら笑った。

彼女の死から2年がすぎ、クラスで同窓会をした。
その時にクラスの女子から高校のとき、彼女が僕を好きだったという事を教えられた。
僕はその瞬間初めて泣いた・・。声をあげて泣いた・・。
それからまた僕は笑った・・。
【91】

隣家の娘 2  評価

(%) (2010年05月01日 00時57分)

173 名前:大人の名無しさん投稿日:03/04/23 10:35 ID:WjmOz0ey
とにかく、その日がきっかけで俺はカウンセリングに通い、
二ヶ月ほどで職場復帰。
届けも出さず休んでいた俺を休職扱いにしてくれていた叔父は
快く迎えてくれ、しばらくのあいだ毎晩メシをおごってくれた。
隣の夫婦とも仲良くなり、寝起きの悪い旦那を起こしてくれとか言う理由で
毎朝家に呼ばれ、朝飯をごちそうになった。(かなり強引だ)
とにかくもう俺の周りの人間が神級にいいひと達だった。
俺は救われたし、妻と子供の死をちゃんと悲しむことができた。

で、その娘さんが先月結婚した。(すでにその隣室の親子はマイホームを建て引っ越していったが未だに仲良くしてもらってる。)
親戚が少ないから、とか言う理由で式にまで俺が呼ばれ、
親族紹介のあとその子と話す時間があった。
俺とその子は口が悪い感じの関係で(15も年が離れているのに)、
その日もあまりにも綺麗になったその子に動揺して
「オメーまだ18才なのに結婚しちゃってもったいないな」
などと俺が言うと笑いながら
「寂しいのか、あんた?」などといいやがるので
寂しいよ!と言った。
俺は昔、お前に助けてもらった、おまえのお父さんとおかあさんにも
助けてもらった、だからお前のこととても大好きだ、
だから寂しい!とまくし立てるとまた号泣していた。
30過ぎたおっさんがヒックヒック言いながら花嫁の前で号泣だ。
はずかしい。気づくとその子も大泣きだ。
新郎側はびっくりしただろうな。
親以外のおっさんと新婦が大泣きしてるんだから。

俺は今でも結局独り身だが、
その子が困ったらなにがなんでも助けてやろうと思っている。
恥ずかしいのでその子には言わないが。
もう俺にとってはあの子は自分の娘みたいなものなのだ。
なにぶん前半は10年くらい前のことなので
なんだか人ごとのように淡々とした文章で申し訳ない。
本も読む方じゃないし文章も稚拙ですまん。
漫画みたいな話なので2ちゃんで書くのは恥ずかしいと思っていたが
俺も書き込みしたくなった。長文すまん。
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